
今、エンタメ小説は空前のホラーブーム。その人気の秘密は、舞台となった時代や土地の風俗を知るのにピッタリの民俗学的側面も一因かも。注目のホラー小説の書き手に、旅とホラーの親和性について、実体験やおすすめの場所を交えて伺います。
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永井紗耶子

『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』
貧乏帝大生で、霊が視える斎木啓吾と、霊は視えないのに心霊研究に熱中する子爵家の次男・連翹寺正周。ふたりが不可解な事件に巻き込まれながら、真相を探り、霊たちが現世に残す未練を浄化させていく連作短編集。
双葉社 1980円
今も古き土地の記憶や歴史が静かに息づく場所を訪ねる楽しみ
『めぐる糸』の舞台は、近代化が急速に進む一方で、江戸期から続く迷信や信仰が色濃く残る明治末期の東京。帝大生の斎木啓吾が学ぶ本郷をはじめ、彼のアルバイト先の新聞社がある銀座、他に神田、日本橋、上野といった界隈には、当時を思わせる街並みが今も多く残る。
「実は『木挽町のあだ討ち』が山本周五郎賞の候補になったとき、選考結果を待つ場所を日本橋のカフェバー『ぺしゃわーる』にしたんですね。験担ぎで、神田明神の神輿が通るルート上がいいねとそこに決めて。ありがたいことに賞をいただけたので、お礼参りに神田明神に行き、そのあと将門塚(平将門の首が京都から飛び、落ちたという伝承がある地)まで行ったんです。ふとスマホを見たら『ふだんより混んでいます』というメッセージが出たんですが、他に誰もいなかったという不思議なこともありました(笑)。
上野は徳川家ゆかりの寛永寺があり、新政府との戦いで大きく姿を変えた土地ですが、元々、パワースポット。散策しがいがあるエリアです」と永井紗耶子さん。犬を飼っているので長旅は難しいが、作品の取材に現地を訪れるようにしている。
「本や地図、写真ではわからない、その土地ならではの空気や匂い、雰囲気は実際に足を運んでこそ感じ取れる。一度でも行ったことがあるかないかでは、得られる情報量がまったく違うと思うからです」
神奈川県・箱根の精進池は、昔から気になっていた伝説の取材で訪れた。そこで得たインスピレーションを元にした短編「精進池」は、アンソロジー『東海道綺譚』に収められている。
「磨崖仏(まがいぶつ)の存在感がすごくて。昔はもっと硫黄泉が流れ込んできて匂いもしたでしょうし、旅人は否応なく死を意識したのではないかなと」
歴史的な由緒や曰くのある場所には関心が高く、フットワーク軽く出かけていくが、心霊スポットを面白半分に訪ねる旅は「不敬だと思う」と避けている。旅に行くと、「土産物屋で売られている説話集が好きで、中学生のときから集めています。鬼が出たなどと書かれているけど、その裏にはどんな物語があったのか。鬼の側の物語など想像するのも楽しい。旅に出るとなったら、食べたいもの、見たいものをたくさん決めてから出かけます」
もう一つ、夏にぴったりと挙げてくれたのが東京・谷中にある全生庵だ。
「圧巻の幽霊画コレクション。ぜひ足を運んで、自分の最恐を探してみてほしいです」
永井さんPresents 関東不思議旅
昔ながらの怪談話には、なぜそうした物語がその土地で生まれたかの背景があるもの。旅をして、その萌芽を知るのも一興。
精進池(神奈川)

黄泉の世界を彷彿させる雰囲気たっぷり
国道1号線の最高地点近くに位置し、池の周辺には鎌倉時代頃に彫られた石仏が残る。「岩を彫り込んで作られた磨崖仏がぐるりと池を取り囲み、周囲の林も鬱蒼としています。近くには、曾我兄弟の墓や不老長寿伝説を持つ八百比丘尼の墓も。箱根越えの難所で、旅人にとって死を意識させられる場所。恐れられていたから石仏を作り、旅人の安全を祈ったのでしょう。そういう旅情と畏怖が伝わってきます」
写真:永井さん撮影
全生庵の幽霊画(東京)

あの画家の描く幽霊は? 夏に訪ねたい禅寺
全生庵は、「怪談牡丹灯籠」の原作者でもある落語家・三遊亭円朝の幽霊画コレクションを譲り受けて所蔵している。毎年8月に、1か月、幽霊画全幅が公開される。「夏になると怪談落語が聴きたくなります。悲しげな幽霊、おどろおどろしい幽霊と、怖さの質が演じ手によって変わるのが面白い。あとは全生庵に、幽霊画を見に行きます。部屋一面の幽霊画に囲まれると、ひんやりと涼めるし、異界の空気も味わえるかも」
Profile
永井紗耶子
ながい・さやこ 1977年生まれ、神奈川県出身。2010年『絡繰り心中』で小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。'23年、『木挽町のあだ討ち』で、山本周五郎賞と直木賞のダブル受賞を達成。『めぐる糸』の第2弾が、今冬刊行予定。
背筋

『近畿地方のある場所について』
オカルト雑誌のライターをしている〈私〉。一緒に仕事をしていた編集者が失踪し、彼が遺した取材資料を調べ始める。彼が消息を絶つ直前まで調べていたのは、近畿地方で起きた複数の不可解な未解決事件だった。』
KADOKAWA 1430円
場所に刻まれた不可思議な気配に耳を澄ませると、旅が楽しくなる
デビュー作『近畿地方のある場所について』で一躍、モダンホラーのトップランナーになった背筋さん。 舞台が近畿地方なのは、自身が関西出身で、そこがいろんな怖い話を聞いて育ったホームタウンであることが大きい、と語る。
「モデルとなった場所もあるにはあるんですが、一か所をそのまま書いたわけではなく、複数の土地や伝承を組み合わせています。実際に耳にした話も、『幽霊を見た』『化け物に襲われた』みたいなダイレクトな恐怖体験より、『結局あれは何だったのだろう』という正体のわからない不思議な話が多い。その曖昧さこそが人の記憶に強く残る恐怖であり、作品にも影響したかなと思います」
ただ、背筋作品をすでに読んでいればご存じのように、彼のホラーの魅力は、その裏側にある切なさやもの悲しさなど、怖さ以外の感情の部分がていねいに表現されている点だ。それはつまるところ、その土地の歴史や人の営為が積み重なって生まれてくるしがらみなのだということが、浮かび上がってくる。
「私が旅するときも、惹かれるのはそこにしかない空気感や歴史、人々の暮らしなんですよね。そんな意味で言うならば、この間行った三重県の湯の山温泉はよかったです。鉄道の終着駅にある温泉街で、今はちょっと寂れた感じもあるんですけれど、昭和のバブルの頃は社員旅行の人気の行き先だったみたいなんです。文化財級の宿があったり、一方で、古い観光案内所をリノベーションしたカフェができていたり。長い歴史がある分、乱高下が激しくて、その時代その時代の人の営みが、少しずつ姿を変え、今も残っている姿に惹かれました」
一つの場所との出合いをきっかけに旅のテーマを決めて興味の対象を広げたり深掘りしていくタイプだともいう。
「静岡県・熱海の『ホテルニューアカオ』も、最初は『ここいいよ』と誘ってもらって行ったんですよね。それで昭和の大旅館の佇まいにハマってしまって、次は『ハトヤホテル』に行きたいなと思っているところ。熱海は秘宝館もおすすめですね。途中まではいわば昭和の薫りが漂う性風俗のアトラクションが立ち並んでるんですけれど、ある展示から令和的というか、いきなり現代的な性風俗の表現になる。世界ががらりと切り替わるさまは見応えがありました」
土地の記憶や文化へのまなざしは、単に恐怖を煽るのではなく、人間の不可思議さにまで辿り着く、背筋作品の妙味に繋がっている。
背筋さんPresents 東海不思議旅
不思議な出来事が起きた曰くの場所。はっきりわからないからこそ、「ここかもしれない」と想像がふくらむ。そんな旅が楽しめそう。
湯の山温泉(三重)

歴史の重なりが生んだ感慨を味わいに行く
起源は奈良時代に遡るといわれており、開湯1300年の歴史を持つ。織田信長の伊勢侵攻により衰退したが、江戸時代に再興され、明治に西南戦争の兵士の療養所が作られるなど、日本史にしばしば登場する名湯の地だ。「桜の季節だったので、桜は変わらずキレイで。村や町は変化を繰り返すけれど、自然のありようって変わらないですよね。人の営みのもろさと泰然とした自然との対比に考えさせられるものがありました」
ホテルニューアカオ(静岡)

断崖絶壁に建つユニークな外観に目が釘付け
若い世代が支持し、観光地としてV字復活した熱海。その地で、相模湾に張り出すように建つオーシャンビューが魅力の大型宿泊施設だ。絨毯敷きのフロアやシャンデリアなど、昭和レトロなままの内装にファンが集まり、リピーターも多い。「昭和の贅沢さがそのまま残っていて、この空間で本を読んだりして過ごすだけでリラックスできる。癒しの旅にぴったりです。徒歩10数分で、熱海の秘宝館も行けますよ」
Profile
背筋
せすじ 2023年、カクヨムで「近畿地方のある場所について」の投稿を開始。同年、KAOKAWAより書籍化されデビ ュー。モキュメンタリーブームを牽引する。『口に関するアンケート』(ポプラ社)ほか、著作は次々と話題に。
芦花公園

『みにくいふたり』
交換留学生として台湾で寮生活を送ることになった緑川芽衣。世話役の林詠晴(リンヨンチン)となじめず、孤独を感じていた矢先、恵君(フェンジュン)という少女の美しさに強烈に惹かれ…。徐々に明かされる恵君の正体は。
実業之日本社 1870円
日本人に人気の台湾の観光都市には怪異や信仰が日常に溶け込んでいる。
芦花公園さん自身も留学したことがあるという台湾と、日本とが舞台になる『みにくいふたり』。交換留学生の緑川芽衣とクラスメイトから避けられている恵君が互いに惹かれ合ったことに端を発する、百合ホラーの傑作だ。台湾と日本、ホラー観にはどんな違いがあるのだろう。
「たとえば私が好きな台湾のホラーに『紅い服の少女』というのがあります。登山を楽しむ家族のホームビデオに老婆のような顔をした小柄な赤い服の少女が写り込んでいたというもので、いわゆる神隠し的な存在としても恐れられている怪異譚です。他にも、台湾でよく知られている心霊スポットに辛亥隧道(しんがいずいどう)というのがあります。ここには車に乗せた女が気づけば消えていたとか、いつまでもトンネルから出られないなどの都市伝説があるそうです。交通量も多い生活道路で、日本人の私からするとなぜ怖いかがピンとこないのですが、日本にも似た怪談はありますよね。違いがあるとすれば、日本では、禁忌を知らずにそれに触れてしまって呪われるというのが多いのに対し、台湾だと禁忌への畏怖があまりに生活に溶け込んでいて、受け止め方が自然。死者はもちろん怖いけれど、死んだ人がみな悪霊になるとは全然思っていない。良い霊と悪い霊の違いがはっきりしていて、そのあたりの感覚が違うかもと思ったことはあります。台湾の方がお参りしたり風水にこだわったりするのは、決して“ハレ”の行事ではないんです」
芦花公園さんも台湾で、老若男女が当たり前に寺に足を運び祈る姿を見てきた。
「街のあちこちにお寺がありますし、タンキー(童乩)と呼ばれる伝統的なシャーマン(霊媒師)がいつもいて。神がかり的なふるまいをしても誰も『迷信だ』と軽んじないし、偏見で遠巻きに見たりしない。敬われる存在なんです」芦花公園さんは実はあまり旅が好きではないそうだが、
「そのわりに、必要に迫られて旅する機会は多いんですよ。留学とか出向とか。イヤイヤ行くのならせめて元を取らねばと、かえってあちらこちらに旅して詳しくなってしまうタイプです(笑)。有名な“がっかり名所”なんかにも、『一応見ておきたい』と結局行ってしまうことが多いです。実際、自分を成長させたり、創作の種を見つけたりには、旅は最適だとも思っているんですよ。旅行先って知らない人だらけで、アクシデントがつきもの。否応なく緊張感が増すわけで、その非日常感を、私はプラスに捉えています」
芦花公園さんPresents台湾不思議旅
台湾という風土から生まれた独特の怪奇な存在が現代の街並みと地続きで存在し、鎮座している。訪ねたくなるスポット多数。
辛亥隧道(台北)

台湾屈指のホラースポット。何か視える?
台北市にある大安区と文山区をつなぐ道路で、辛亥トンネルともいう。「交通量も多く何か出そうなんて雰囲気はないのに、台湾の、特に若い人たちは怖がりますね。ここは葬儀場も近かったところで、トンネルが墓地の下を通っている。東京でいうと青山霊園みたいな場所なんですね。ホラースポットって実は、その人の心ひとつで、すごい怖い場所にも、まったく平凡な場所にもなるというのを、改めて実感する場所です」
台湾虎爺祖廟(台中)

虎を祀る、人々から愛される寺廟のひとつ
翼を生やした虎の姿を持つ虎爺(フーイエ)は、台湾ではポピュラーな民間信仰の神様。魔除けや金運、商売繁盛を願う人に信仰されている。この台湾虎爺祖廟は、虎爺を主神としている廟の一つ。「ここには童乩も多くいて、本当に神様に憑依されているのか、と思うほど、自分の体を傷つけたりしている方がいることも…。日本人としては非日常感溢れる存在。ぜひ一度出合ってほしいです」
Profile
芦花公園
ろかこうえん 東京都出身。2021年、カクヨムに投稿した1編を含む『ほねがらみ』(幻冬舎)でデビュー。代表作・佐 々木事務所シリーズの第5弾『悪魔の微睡』(角川ホラー文庫)が最新刊として発売中。
anan 2505号(2026年7月22日発売)より
































