物語を紡ぐ人の思考とは? 作家・小川哲と脚本家・奥寺佐渡子の頭の中

無から有を創造し、世界の仕組みや登場人物の人格、関係までも複雑に構築する作り手たちは、どのような思考回路でものづくりをするのだろう。文学界の革命児・小川哲さんと、映像界の俊才・奥寺佐渡子さんが、言葉で世界を紡ぐ時に行っていること、そのプロセスとは。私たちが知りたい、思考とその伝え方について、おふたりの最新作、『オルロージュ』と『LOST10』をフックにお話を伺いました。

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    小川哲「『言語化』は手段であって目的ではない」

    代表作『君のクイズ』が今年実写映画化され、初めての新書『言語化するための小説思考』が10万部突破のベストセラーとなるなど、多方面から注目を集める直木賞作家の小川哲さん。最新刊『オルロージュ』は、地球温暖化を食い止める画期的発明を事業の核に据えた、ベンチャー企業の行く末を綴る長編小説だ。

    ── ベンチャー企業の物語を書こう、という発想の出発点は?

    自分の周りにベンチャー企業を立ち上げたり、そこに参加したり、起業に失敗して今は全く別の仕事に就いたりしている人が結構いるんです。彼らの話を聞いていると、ベンチャー企業って小説家と似ているなと感じることがありました。例えば、商品が圧倒的に売れることによって大きくなっていく会社もあれば、ビジネスとして結果はまだ出ていないけれども、これから売れそうだというムードを演出するのが上手で生き残る会社もある。僕自身は長らく、後者の作家でした(笑)。

    ── その経験を活かせそうだと。

    僕が普段から考えている「小説は誰のものなのか?」という問いと、「会社は誰のものなのか?」という問いには似ているところがあるなとも思いました。自分の本の著作権を持っているのは確かに僕だけれども、印税としてもらえるお金は10%しかないんですよね。経済的な観点から見ると、本は出版社だったり販売する書店のものであるといえる。僕は不真面目な人間なので、「出版に関わってくれた周りの人たちのためにも本を売らなきゃ」みたいに考えたり、売れた部数が作品の評価、と直結して捉えるようなことはないんですが、もしもそういう方向に思考が突き進んでいったらどうなるだろう、と。たった2人で始めたベンチャーが短期間で大企業になっていく過程を書くことで、自分が普段から気になっていた問いを、普段とは全く違う角度から考えることができるんじゃないかと思ったんです。

    ── 中学時代の同級生とタッグを組んで26歳で起業し、自社の発明で地球温暖化を止めたい、世界一の企業を目指したい、と大きな夢を掲げる桐田奈南(きりた・ななみ)はカリスマ性抜群。彼女の元に才能ある仲間たちが集まってくる前半は、青春群像劇としての快感がありました。ただ、会社が大きくなってからは雰囲気が変わってきますね。

    理想が高いことって一見するといいことなんだけれども、怖いことでもあるんですよね。理想が高ければ高いほど、理想を実現する過程で生まれる「小さな悪」が見逃されてしまう。「これくらいはいいでしょ」の「これくらい」のサイズが、どんどん大きくなっていくんです。桐田ほど高い理想ではなくても、出世したいとか年収を上げたいとか、それぞれの人がそれぞれのサイズの理想を持っていると思うんですよ。その理想を実現するために、他人に迷惑をかけるようなことをしているかもしれないし、自分に嘘をつくこともあるかもしれない。理想と悪との関係性は、いろいろな作品を通して自分なりにずっと考え続けていることの一つです。まあ、テーマみたいなことに関しては全部、後付けなんですけどね。

    ── 後付け、というと?

    事前に物語の展開なりテーマなりをたくさん考えて、頭の中でしっかり固めたものを言葉でアウトプットする…みたいなことって、僕はまずないんですよ。アウトプットが先で、思考が後なんです。書いたことによって、自分が何を書こうとしているか、自分が何を考えているのかを知る。そこから、想定していなかった方向に思考がどんどん膨らんでいく、ということの繰り返しなんです。これって書くことだけではなくて、誰かと喋る時にも起こっていることですよね。頭の中で完璧な文章を作って、「よし、これでいこう」と思って喋る人ってまずいないじゃないですか。喋っている過程で、自分が何を考えているのかがわかる。

    ── 「思考力アップ」には、どんなトレーニングが有効だと思われますか?

    文章を書くのもいいですが、一番簡単なのは人と喋ることだと思います。例えば、「あの人、苦手なんだよね」と話していて、「なんで苦手なの?」と聞かれたとする。説明しようとすることによって、その人のどこが苦手なのかがわかったり、自分が苦手なタイプはどういう人なのかと気づいたりする。会話って、相手のことをよく知る手段であると同時に、自分のことをよく知る手段でもあるんですよね。最近「言語化」がブームといわれていて、僕もその一語をタイトルに掲げた本を出しているんですが、「言語化」は手段であって目的ではない。目的は、自分を知ることです。

    ── 「言語化」によって思考が生まれて、自分を知る、という体験が生じる。

    自分を知ると、自分の動かし方がわかるようになるんです。こうすると自分はやる気がなくなるんだなとか、何をやっている時が楽しいんだなということがわかっていると、日々を快適かつ豊かに過ごすことができる。高い理想を思い描くことも時には必要ですが、それ以前に、自分はどれだけ自分を知っているのか、と問いかけてみることが大事だと思うんです。

    小川さんの作品

    『オルロージュ』

    「作戦会議をしよう」。中学の同級生で、世界一の金持ちを夢見るキャピタリストの卵・桐田奈南に呼び出された科学者の倉敷秀斗。居酒屋での会話から世界一を目指し、二人は「オルロージュ」を起業、会社を大きくしていくが……。講談社 2585円

    『言語化するための小説思考』

    「知らない世界の話について堂々と語る方法」「小説はコミュニケーションである」「なぜ僕の友人は小説が書けないのか」。小説家は執筆時、何を考えている? 言葉を生む過程で起きていることの「言語化」を試みた全12章の思弁的エッセイ。講談社 1210円

    『君のクイズ』

    賞金1000万円を懸けたクイズ番組の最終問題で、主人公・三島玲央の対戦相手である本庄絆が、問題文が1文字も読まれぬうちに正答できたのはなぜだ? ヤラセだと世論が沸騰するなか、三島は「ゼロ文字正答」の解明のため、調査を始める。朝日文庫 792円

    Profile

    小川哲

    おがわ・さとし 1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。’23年に『地図と拳』で第168回直木賞を受賞。

    奥寺佐渡子「余裕を持つことが必要なのかも」

    何気ない日常会話や繊細な感情、時には激しい憤りをセリフにして物語を紡いでいく脚本家には、小説家とはまた異なるスキルが求められる。その才能を遺憾なく発揮し、多くのヒット作を生み出し続けている奥寺佐渡子さんは、どのような思考力を持っているのか。

    ── まずは、脚本家の“役割”を教えてください。

    映画とドラマではだいぶ違いますし、ドラマの場合でも主導者が脚本家なのか、プロデューサーなのかで全く変わります。いま手掛けているドラマ『LOST10(ロストテン)』の場合はオリジナル作品で、プロデューサーが主導。刑事と保険調査員が登場するバディの話、遭難事故をきっかけにしたサスペンスドラマだということは先に決まっていて、それをどのように組み合わせて物語を構築するのかを、制作スタッフと話し合いながら10話にします。ここでの私の一番の仕事は、キャラクターづくり。物語は山の遭難事故から始まり、事故に巻き込まれるのは何人で、その人たちは誰で、そこにはお医者さんや山岳ガイド、彼らの家族も関わっていくだろうと登場人物を広げていく。行動やセリフにはその人のパーソナリティが反映されるので、物語では明確に描かれなくても、それぞれの登場人物たちはどこで生まれてどのような環境で育ち、どんな価値観を持っているのかなどを作り上げていきます。初回から最終話まで、人物像をぶれさせないことが大事です。また、原作がある場合はそのオチに向かっていけばいいのですが、オリジナル作品の場合は選択肢が無限にあり、ありとあらゆる可能性が考えられるので苦労しますね。

    ── 時間もかかりそうですね。

    図書館に通って関連資料を読み漁ったり、そのお仕事をされている方にお話を聞いたりと、事前の取材も多くなりますね。今作では山岳ガイドの方と実際に山に登ったりもしました。

    ── 脚本を書く時に、配役はすでに決まっているものですか?

    ドラマは決まっていることが多く、“当て書き”です。撮影前から大勢の制作スタッフが準備を始めるので、例えば主人公の刑事・小駒を横浜流星さんが演じたらどうなるか、イメージを掴みやすいように脚本を書きます。

    ── なるほど。ちなみに、原作ものの脚本で心がけていることは?

    原作者の先生が一番大事にしている、情熱の初期衝動を崩さないこと。いわゆる“へそ”を変えないことです。映画『国宝』のへそは、主人公・喜久雄の50年の人生の話であること、というように。

    ── 奥寺さんはサスペンスを描かれることが多いですが、謎をはらんでいるぶん、セリフ作りは大変そうです。特に犯人は。

    そこがいつも頭を悩ませるところなんですよね。実は重大な罪を犯していても、最終話まで隠しながらその人らしいセリフにしなければいけない。毎回書きにくいですが、犯人が言わないようなセリフは書かないなど、矛盾が出ないように気をつけています。ただ、サスペンスって、登場人物みんなが怪しく見えるほうが面白いんですよね。それは脚本というより、演出の領域でもあるんですが。

    ── 文字だけで展開する小説と、映像をともにする映画やドラマなどの場合、言葉の伝え方にどんな違いがあると思いますか。

    例えば、“貴社の記者が汽車で帰社”は漢字で書くとわかりますが耳だけで聞いても全くわかりませんよね。映像作品では、耳で聞いて目で見て、ちゃんとわかるように書くことを心がけるのもポイント。特に専門用語は知識がないとわからなかったりするので、映像で資料の文字を映して視覚的に見せていったりもします。

    ── 脚本家としての視点から、言語化力を磨くコツはありますか。

    特別なことはあまりないんですが、昔から図書館がすごく好きで、子供の頃は図書館にあった江戸川乱歩、横溝正史、アガサ・クリスティの作品を片っ端から読んでいました。それは、自分が退屈で平凡な人間だという自覚があったから。本を読めば違う世界に入り込めて楽しいじゃないですか。そういう経験の蓄積が、今に繋がっているのかもしれません。

    ── では、“思考力”とはどのような力だと思いますか?

    難しいですね…。仕事中は常に思考しているので空気のようなもので、何かはわからないです。思考力とはまた違うかもしれませんが、仕事の途中、クタクタに疲れてしまう日もあって。そういう時は、今日答えが出なくてもいいや、と考えるのをやめます。脳はよくできていて、疑問をそのまま置いておくと勝手に考えてくれることがあるので、ある時にふと答えが出てきたりするんですよね。そのためには、余裕を持つことが必要なのかも。例えば、ずっとスマホを見ているとたくさんの情報を知っている気になりますが、実は何も知らない。情報に埋め尽くされてしまうと自分の興味がどこにあるかを見失ってしまうので、なるべくスマホを閉じるようにしています。そもそも脚本を書いている時間は別世界に行っているというのもあるので、プライベートでは自分の時間を持つ余裕も欲しい。ただ自分の時間ができたところで、どう使っていいかわからないんですけどね(笑)。

    奥寺さんの作品

    『LOST10』

    登山ツアーで起きた遭難事故の真相を追うことから始まるオリジナル・ヒューマンサスペンスドラマ。食い違う関係者の証言や裏切りなどから、刑事の小駒瑛斗(横浜流星)、保険調査員の直司(小栗旬)は何を掴むのか。10月16日(金)22:00~TBS系にて放送開始。

    ⒸTBSスパークル/TBS

    『国宝』

    任侠の一門に生まれた立花喜久雄(吉沢亮)と、歌舞伎の名門に生まれた大垣俊介(横浜流星)は兄弟のように育てられ、共に芸の道を邁進する。歌舞伎の最高峰“国宝”へ上り詰める、喜久雄の一代記。原作は吉田修一の同名小説。Bluray&DVD12月2日(水)発売。

    Ⓒ吉田修一/朝日新聞出版 Ⓒ2025 映画「国宝」製作委員会 発売・販売元:アミューズ

    『最愛』

    連続殺人事件の重要参考人となった真田梨央(吉高由里子)を追うのは、かつての最愛の人で刑事の宮崎大輝(松下洸平)。梨央を守ろうと奔走する弁護士・加瀬賢一郎(井浦新)を交え、3人の複雑な関係を描く、サスペンス&ラブストーリー。演出は、塚原あゆ子ほか。

    ⒸTBSスパークル/TBS

    Profile

    奥寺佐渡子

    おくでら・さとこ 1966年生まれ、岩手県出身。’93年に脚本家デビュー。代表作はドラマ『Nのために』『最愛』、映画『八日目の蟬』『国宝』、アニメ映画『サマーウォーズ』ほか。

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    取材、文・吉田大助(小川さん) 若山あや(奥寺さん)

    anan 2515号(2026年10月14日発売)より
    Check!

    No.2515掲載

    思考力の高め方

    2026年10月14日発売

    AIやSNSの普及、発達に伴って、人間の思考力の低下が問題になりがちな昨今。カラダを鍛えて筋肉をつけるように、物事を考える力を身につける方法をレクチャーします。

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