小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎:第41回目『マエストロ』

小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎」。第41回目のテーマは「マエストロ」です。


“maestro(マエストロ)”とは、ラテン語の“magister(マギステル)”を語源とするイタリア語(スペイン語も同様)だ。「達人」や「巨匠」、「師匠」を意味する。日本では、クラシック音楽の指揮者か、料理人くらいにしか使われないだろう。英語なら“master(マスター)”、フランス語では、“maître(メートル)”、日本語ならば、“先生”に相当する。先生という敬称が使われるのは、作家、漫画家、医者、政治家、弁護士、教師などの限られた人たちだろう。また画家には“画伯”、作家には“文豪”という、特別な呼称があるが、ゲームクリエイターには、それはない。ところが、欧米でも、日本文化に傾倒したファンたちからは、小島“先生(センセイ)”と呼称される。ロシアでは、“天才(ゲーニイ)”と、ミーム化されていたこともある。気恥ずかしいが、悪い気はしない。そんな中、僕のことを、“マエストロ”と、特別な愛情を込めて呼ぶ国がある。

『MGS1』(1998)が、ワールドワイドで大ヒットした結果、新作ゲームの発売時には、プロモーションを兼ねたワールドツアーを行うことが定着した。世界の主要都市を回り、現地に根付いた個別のプロモーションを行う。テレビ、新聞、雑誌での露出、ファンとの交流が主な目的だ。ネットがない時代、ゲームの発売日、露出、ネタバレにもタイムラグがあった。各地では、ゲーム専門誌だけではなく、映画関係の専門誌の取材も織り込まれていた。2002年の3月。『MGS2』の欧州版発売に合わせて欧州諸国を回り、初めてローマを訪れた。そこで、権威あるイタリアの女性映画評論家からの取材を受けた。「あなたが影響を受けた、尊敬するイタリアの巨匠(マエストロ)は?」と単刀直入に聞かれた。僕は迷わず、ダリオ・アルジェントの名を挙げた。すると彼女は、「あなたがそんなことを言うからだめなのよ!」と、怒り出した。フェリーニやヴィスコンティ、アントニオーニなどの名前を挙げれば、満足だったのだろう。それらの古典にも触れてきたし、幼い頃に観た『自転車泥棒』(1948)で“ネオレアリズモ”の早期洗礼も受けた。しかし、僕にとって、イタリアの巨匠は、アルジェントだった。その後もイタリアを訪れる度、マエストロの名前を挙げ続けた。

幼い頃、観る映画は、自分で選べなかった。親から薦められた作品を“観せられる”しかなかった。だから、物心がつく前の、お気に入りの映画監督は、キューブリック、ヒッチコック、クロサワだった。11歳になって、ようやく自分で観る映画を選択できるようになった。郊外の自宅から、バスと電車を乗り継ぎ、ひとりで大阪梅田まで遠征し、自分が選んだ洋画を観られるようになった。当時の僕のヒーローは、カーペンター、デ・パルマ、アルジェントだった。決して大作ではないが、古典映画とは異なるルック、音入れ、撮影手法、カメラワーク、色使い、独特の作家性と芸術性があった。当時としては、ホラーやSF、サスペンス、アクションなどの“ジャンル融合”が、見事に結実した“ニューウェーブ”でもあったのだ。

しかし、僕の“マエストロ”の一般評価は、まだ低かった。血みどろの残酷描写が目立つB級ホラーとして、子供に悪影響を及ぼすエログロ映画として、捉えられていたのだ。その為、親や兄には、内緒で観に行った。映画好きな家族とはいえ、あの映画評論家と同じく、その先見性と美しさが理解できなかったのだ。

2010年代に入って、タランティーノ(注1)をはじめとする世界中の著名人たち(フォロワー)が、いっせいに、アルジェントの映画をリスペクトし始めた。ハリウッドで起こったそのムーブメントが、彼を“マエストロ”に押し上げていった。

7月、「ピッコロ・アメリカ財団」がローマで開催する無料野外映画祭「Il Cinema in Piazza」(注2)から、オファーが舞い込んだ。アルジェント監督と、彼に影響を受けた“ダリオの息子たち”(ニコラス・W・レフン監督〈注3〉、ギャスパー・ノエ監督〈注4〉、小島秀夫)がキュレーションする映画を、トークショー付きで上映するという、スペシャル企画。その「Five Carte Blanche Chalenges(4人の監督と5つのカルト・ブランシュ チャレンジ)」を実現させたいというのだ。“マエストロ”にも逢える。一番好きな『サスペリアPART2』(注5)も上映できる。断る理由はなかった。

ローマに降り立つと、出逢う人から、すれ違う通行人から、ファンから、主催者から、再会する友人たちから、セキュリティから、空港でも、ホテルでも、レストランでも、会場でも、マエストロと声をかけられた。“マエストロ”に逢うため日本から来た僕は、その歓迎ぶりに、違和感を覚えた。

今回のメイン・イベントとなったのは、屋外のチェルヴェレッタ公園で行われる『サスペリアPART2』の上映会だ。3000人を超える観客が会場に集まった。財団のスタッフも、この会場でこんなに人が集まったのは見たことがない! と、驚嘆していた。アルジェント監督とは楽屋で初対面し、その後、上映前のひとときを二人きりで歓談するという貴重な機会を得た。その場で「あなたは、僕の人生を変えた」と、半世紀にも及ぶ、感謝の気持ちを伝えることができた。

夜のチェルヴェレッタ公園。熱いステージが始まった。飛び入りで参加した俳優のマチュー・カソヴィッツ(注6)を含め、『サスペリアPART2』で育った子供たち4人(ニコラス、ギャスパー、マチュー、ヒデオ)が、父親を労るように“マエストロ”を囲んだ。その様子を、5人の登壇者それぞれに影響された次世代の観客たちが、温かく見守る。会場は、世代を超えて、ひとつになった。この夜のことは、決して忘れられない。

観客たちからも、マエストロと歓迎された僕は、これからを担うマエストロの卵たちに、こう伝えた。

「人間の体の70%が水分であるように、僕の体の70%は映画でできています。このうちの20%はイタリア映画かもしれません。そして、僕が影響を受けたのは、セルジオ・レオーネと、ここにいる“マエストロ”です。彼がいなければ、今の僕はありません。今夜の体験は、きっと皆さんを変えてくれるはずです」

その時、頭上に数台のドローンが音を立てて、飛んできた。それは戦場に、爆弾を落とすためではない。会場をひとつに傍観する、空撮をするための羽音だった。

野外会場に集まった老若男女が、時代や国、人種、年齢、性別を超えた奇跡の瞬間だった。マエストロは、特定の人物を示すものではない。時代を繋ぐ“バトン”なのだ。

注1:タランティーノ 『パルプ・フィクション』『キル・ビル』などで知られるアメリカの映画監督クエンティン・タランティーノ。

注2:「Il Cinema inPiazza」 毎年夏にローマ市内の広場や公園で開催される、野外映画祭。

注3:ニコラス・W・レフン監督 『ドライヴ』などを手掛けたデンマーク出身の映画監督。『DEATH STRANDING』にハートマン役で出演。

注4:ギャスパー・ノエ監督 『カノン』『アレックス』など衝撃作を作り続けている、アルゼンチン出身フランス在住の映画監督。

注5:『サスペリアPART2』 1975年公開のダリオ・アルジェント監督によるジャッロ映画の名作。原題は『ProfondoRosso』。ちなみに、1977年日本公開の『サスペリア』の続編ではない。

注6:マチュー・カソヴィッツ 『アメリ』などに出演するフランスの俳優で、『憎しみ』などの映画監督としても知られる。

今月のCulture Favorite

ダリオ・アルジェント監督と“ダリオの息子たち”(レフン監督、ノエ監督、カソヴィッツさん、小島監督)との集合写真。photo_Luca Dammicco

『DS2』にも出演したルカ・マリネッリさんと映画祭に登壇した際のツーショット。photo_Emanuele Manco

Profile

小島秀夫

こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

KOJIMA PRODUCTIONS 設立10周年を記念した展覧会が、2026年10月31日(土)から12月20日(日)まで開催!

PC版『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』が発売中!

小島秀夫監督が編集したロンチトレーラー“No Rain, No Rainbow”

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★次回は、2512号(9月16日発売)です。

写真・内田紘倫(The VOICE)

anan 2508号(2026年8月19日発売)より
Check!

No.2508掲載

睡眠の技術。

2026年08月19日発売

健やかで気持ちの良い眠りを手に入れるためのテクニックを、生活習慣、寝室環境、食事、姿勢などあらゆる角度から紹介します。灼熱の暑さの中、寝苦しい夜を過ごす方々が必読の内容です。

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