原作は、イヤミスという言葉が生まれる前の2006年に発表された貫井徳郎の同名小説『愚行録(ぐこうろく)』。
週刊誌記者の田中(妻夫木聡)は、未解決のまま1年が経った一家惨殺事件の真相を探るべく、被害者一家を知る人たちへの取材を開始する。その聞き込みからは、エリートサラリーマンの浩樹(小出恵介)と専業主婦の妻・友希恵(松本若菜)という被害者夫婦のみならず、彼らについて証言する友人たちの知られざる一面が浮かびあがることに。
といっても、被害者夫婦や関係者が、ものすごい悪人というわけではない。明かされるのは浩樹と同僚の男同士ならではの連携プレーなど、彼らの身勝手さにはあきれるものもあるけれど、身近で行われ、本人たちはそれに対して罪の意識を感じていないような出来事。被害者について語る様子や言葉からは、話している当人自身の人間としての愚かさが、静かにじわじわと浮かびあがってくるようだ。
そう、タイトルどおり、描かれるのは愚行の数々。極悪人はいないけれど、善人もまたいない。聞き込みをする田中自身も、妹が育児放棄で逮捕されていたりと、その背景に複雑な事情を抱えている。バス停留所からはじまる冒頭シーンは、彼がかなり深い闇を抱える人間であることを、底意地の悪い出来事で浮かびあがらせて、一気にこの主人公への興味をかきたててくれるんですよ。
これが長編デビュー作の石川慶監督は、ポーランド国立映画大学で学んだ異色の経歴の持ち主。同窓のポーランド人カメラマン、ピオトル・ニエミイスキが撮影した怜悧な映像とあいまって、人の心の奥底に淀む無自覚な愚かさに胸をざわつかせてくれるのです。そして、その愚かさをシレッと体現する俳優陣がまた素晴らしい!
妻夫木くんや、田中の妹・光子を演じる満島ひかりが気になって、劇場へ足を運ぶ人も多そうですが、実際、この2人がいいのは言わずもがな。のみならず、関係者役のキャストがみんな、この人はこんなにいい俳優だったのかと驚かずにいられないほど。自分は嫉妬など超越した存在であるかのような物言いに、友希恵への対抗心をのぞかせる同級生役の臼田あさ美。控えめに振る舞いながらマドンナ然とした友希恵を演じる松本若菜は、微笑みのなかにさまざまな解釈の可能性を忍ばせる。男たちのあきれた振る舞いにも唸らされるけれど、やっぱり女には女の嫌なところが深く刺さる。しかも、みんな、これ見よがしにではなく、日常の風景の中に愚行をさりげなく浮かびあがらせるのだ。こんな「愚行」はしないように気をつけようと我が身を省みると同時に、すごい芝居を観た興奮を誰かに話さずにいられなくなる。
その濃密にして繊細な人間ドラマが淡々と綴られ、結局、謎は解かれないのかと思いきや…。それぞれのピースが集まって完成されるパズルは、映画ならではの興奮をたっぷり味わわせてくれるかたちで、事件の真相を明らかにする。そして、最後の最後まで「愚行」が、みぞおちに重い一撃を食らわすのでした。
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