観察眼と情熱に感嘆!? 精緻な“版画”の世界に導く展覧会が開催

2023.4.3
精緻な線で描かれた植物の断面、写実的なのはもちろん、羽毛まで丹念に描かれた鳥の姿。一見、「絵」に見えるのに実は「版画」と聞いて驚く人も多いかもしれない。

自然という書物 15~19世紀のナチュラルヒストリー&アート

展示は17世紀から19世紀にかけて西洋で発行された植物誌や博物誌の挿絵が中心。今でいう図鑑の図版にあたるもので、木版画や銅版画、リトグラフ(石版画)などの技法が用いられている。町田市立国際版画美術館・学芸員の藤村拓也さんは言う。

「版画は美術であり、技術でもあります。現在ではアートの分野に括られていますが、絵を写し印刷する複製技術としての役割も担ってきました。写真が発明される以前、何世紀にもわたり、視覚的なコミュニケーションができるメディアとして情報のやりとりを支えてきたのです」

版画による印刷物は、聖書や宗教的な寓意を含む物語などが主流の時代から、大航海時代に入ると珍しい動植物や地形を描いたものへ力点が移っていく。顕微鏡が発明されると、肉眼では捉えられなかった世界が観察の対象に。マクロからミクロまで、貪欲な探究心はどこから?

「キリスト教圏の西洋社会では、自然物は神に創られたものであるという考え方が支配的でした。そこで神学者が聖書の一字一句を読み解くように、1枚の葉や小さな昆虫にも神の意図を汲み取ろうとする姿勢が生まれたのです。聖書が神の第一の書物とするなら、自然は第二の書物といえるでしょう」

この時代、世界を探究することは神を知ることだった。そして世界を見たままに再現しようと、版画の技術もレベルアップしていく。

「銅版画では陰影をつけたり、油彩のタッチや水彩の淡い感じを出す工夫が凝らされ、リトグラフになるとより絵に近づくようになりました」

初期の木版画に始まり、絵と見まごうばかりの進化を遂げた版画は美しい。真剣な観察に加え、そこに神の存在を感じたいという強い願いが同居する、今の私たちにはない情熱のせいかもしれない。

15~16世紀に磨かれた想像力と観察眼。

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中世ヨーロッパの自然観は主に創造主である神の存在によって形づくられていた。15世紀に入ると観察に基づき自然が描かれ始める。

『キリストの生涯注解』より一葉 1482年頃刊 木版・手彩色 町田市立国際版画美術館蔵

技術が発展した17世紀。ミクロに、精緻に。

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17世紀、顕微鏡の発明により植物の細部が明らかに。技法も精緻な表現ができる銅版画が主流になっていく。

ネヘミア・グルー『植物解剖学』 1682年刊 東京大学大学院理学系研究科附属植物園

18~19世紀に進んだ世界の分類。

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18世紀には探検家が世界を巡り、各地の動植物を紹介。博物学の基礎が固まった。多色刷りの技法が進歩し、リトグラフが発明された。

フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト『日本動物誌』第1巻 1833年刊 リトグラフ・手彩色 放送大学附属図書館

デザインやファンタジーへとつながる自然。

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15~19世紀の西洋では動植物は紙面を彩る装飾モチーフとしての役割も果たした。植物の花や葉の形を生かした「デザイン」、自然をインスピレーション源とする「ファンタジー」といったキーワードから、自然と「美術」の関わりを読み解く試みにも注目。

エレノア・ヴィア・ボイル(画)『終わりのない物語』 1868年刊 木口木版(多色) 町田市立国際版画美術館蔵

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オーウェン・ジョーンズ『装飾の文法』 1856年刊 リトグラフ(多色) 文化学園大学図書館

自然という書物 15~19世紀のナチュラルヒストリー&アート 町田市立国際版画美術館企画展示室1 、2  東京都町田市原町田4‐28‐1 開催中~5月21日(日)10時~17時(土・日・祝日は~17時30分。入場は閉館の30分前まで) 月曜休 一般900円ほか(4/19は無料) ※前期(~4/16)と後期(4/18~5/21)で一部展示替えあり。TEL:042・726・2771

※『anan』2023年4月5日号より。取材、文・松本あかね

(by anan編集部)