311から10余年という年月が何をもたらしたか。生活者のリアル。
主人公の坂井祐治は、ひとり親方で造園業を営む40歳。震災の2年後に最初の妻を亡くし、2番目の妻とはある不運がもとで離婚した。高齢の母の住む実家に戻り、ひとり息子を育てるシングルファーザーだ。
「インフルエンザをこじらせた先妻・晴海の死もそうですが、震災で死んだというふうに言い切れない死がいっぱいあって。その無念というか行き場のない思いはもうどこでも拾われないですよね。それを拾えるとすれば小説だと思うんです」
再婚した知加子との生活は数年しかもたなかったが、やり直しのきっかけをつかもうと、祐治は知加子の職場に押しかける。だが、知加子と接触することさえ阻まれる。災厄に立ち向かうとき、元の生活を取り戻したいという気持ちは同じでも、どこの地点から再出発したいか、断ち切って前に進みたいか、そのアプローチは人それぞれだろう。本書では、自分なりにあがきながらうまくいかない人々が多く登場する。
「それこそ家族でも共有できてない苦しみなんていっぱいある。それをうまく表現できたらと思います」
被災地の変わりゆく様子が活写され、祐治らの心象風景と重なる。
「海の方は人が住めない『災害危険区域』にされたりして、境界が引かれて忘れ去られていくような気がするんです。忘れまいとすることはそのささやかな抵抗のつもり。自分ではどうしようもない災厄は誰にでも起こりうるし、そんな思いが広く届いてほしいと願っています」
ちなみに、祐治の仕事ぶりの描写があまりに見事なので、どのような取材をしたのか尋ねてみると、
「中学の同級生がそれこそひとり親方をやっていて、彼のような職人的な人間を主人公にした作品は書きたいという気持ちがずっとありました。たとえばいちばんつらい作業は何かとか道具の名称とか、居酒屋で聞くべきことだけ聞いた感じですが、非常に助かりました(笑)」
『荒地の家族』 舞台になっている宮城県亘理町は、佐藤さんの祖父の家があった場所で幼少期から遊びに行っていた。いまも墓参のためにときどき訪れている。新潮社 1870円
さとう・あつし 1982年、宮城県生まれ、仙台市在住。2017年、「蛇沼」で新潮新人賞を、’20年、「境界の円居」で仙台短編文学賞大賞を受賞。他の著作に三島由紀夫賞候補作『象の皮膚』が。
※『anan』2023年3月8日号より。写真・土佐麻理子(佐藤さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)