歴史的建造物の取り壊しを阻止!? 保存活動の一部始終を追ったコミックエッセイ

エンタメ
2021.09.06
今年4月、手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した山下和美さん。受賞作『ランド』は、忌まわしい因習に縛られた村で生まれた双子の少女の成長と、〈この世〉と〈あの世〉の真実を描いた大作だ。足かけ6年にも及んだその連載と並行して、実は山下さんは大変なプロジェクトを遂行していた。

美しい洋館を保存せよ。行政まで巻き込んだプロジェクトの行方は。

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「数寄屋造りの家を建て、『数寄です!』シリーズも描いているので、家のことになると燃えると思われているふしがあるのですが、本人としては、本当にたまたま、家とも人ともそういう巡り合わせになってしまったという感じですね(笑)」

山下さんがひと目惚れした、由緒ある古い洋館「旧尾崎邸」。ある日、水色の美しいその建物が売却され、取り壊されるかもしれないと知る。居ても立ってもいられなくなった山下さんは、山下さんの自邸を設計した建築家・蔵田徹也さんと、館の保存に向けて、動き始めるのだ。『世田谷イチ古い洋館の家主になる』は、その一部始終を追っていくコミックエッセイ。

「『こんなすばらしい建物を壊してなんで安っぽいものを建てるの?』という憤慨は、みなさんもよく思ったりされると思います。壊してその後が良くなった例は見たことがないですからね。ただ、このケースでは、蔵田さんをはじめ、たくさんのアドバイザーが実際に動き、助言してくださり、また館や周辺の権利者さんやご近所のみなさんにもご協力いただけたのが大きかったです」

保存活動のために、TwitterなどのSNSを駆使するなど手腕も鮮やか。何よりすばらしいのは、山下さんは保存したい側に立ちながら、とてもフェアに事態を見ていることだ。こうした歴史的建造物をめぐっては、存続させることだけに価値を置き、取り壊そうとする側を一方的に悪者扱いしがち。だが、山下さんは不動産業者の言い分も、ビジネスとしての立場も、尊重して描く。

「〈土地全体含めてあなたたちが買って維持できるんですか〉と言われたときは怖かったですね。無鉄砲なことをしているのではないかと。けれど、区も理解を示してくれたり、保存を望む人たちの声もあります。この先もきちんと維持していくのは簡単ではありませんが、多くの人にとって有益な状態になるよう、このプロジェクト自体が良きお手本になるといいなと思っています」

1巻ではまだプロジェクトは動きだしたばかりだが、土地面積200坪、提示額3億円の洋館だ。本当に保存できるのか、続きが待ち遠しい。

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山下和美『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1 世田谷区豪徳寺に建つ「旧尾崎邸」は憲政の神様と呼ばれた尾崎行雄ゆかりの洋館。保存のためのクラウドファンディングも成功。2巻は2022年1月に刊行予定。集英社 968円 ©山下和美/集英社

やました・かずみ マンガ家。北海道出身。著書に『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』(共に講談社)など。『モーニング』で「ツイステッド・シスターズ」を連載中。

※『anan』2021年9月8日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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