“過ぎる正義”とは何か…辻村深月が選ぶ「ドラえもん」お気に入りエピソード3つ

2020.12.1
50周年記念映画『STAND BY ME ドラえもん 2』が公開中。大のドラえもん好きで、映画の脚本も手掛けたことがある小説家の辻村深月さんが、お気に入りエピソードと共にその魅力を語ります。

マンガも、アニメも、劇場版も。幼少期から今までずっとドラえもんを愛してきた、作家の辻村深月さん。今年50周年を迎えたドラえもん。これだけ長く愛されてきた理由を伺うと、まずは物語としてとても面白く、読んだり見たりすると元気になる、作品としての圧倒的な魅力がある、と語ります。

「特にそれは、原作のマンガを読んだときに強く感じます。たった10数ページの長さにもかかわらず、起承転結がしっかり詰まっていて、しかも少しシリアスな作品でも、最後の1コマでちゃんと笑いに落としてくれる。どれも物語のお手本のような構造なんです。ほとんどのお話が、日常の中でのび太が感じた小さな不満や望みがきっかけになり、ドラえもんがひみつ道具を出し、話が展開していくわけですが、ひみつ道具によって生み出されるさまざまな“不思議”や“異世界”が、日常のすぐ隣にある、という設定も魅力的。例えばそれは、タイムマシンの入り口が偉い博士の研究室ではなくのび太の学習机の引き出しだったり、畳の裏が宇宙につながっていたり…。誰もが子供のときに妄想したであろう、“あったらいいな”な世界が描かれているところも大好きです。私の好きなお話の『天の川鉄道の夜』で描かれる夜空をSLが駆けるというシーンは、そんなドラえもんの世界観の象徴的なエピソード。きっぷにハサミを入れるとSLが迎えに来てくれるという展開も、ロマンが溢れていて心が躍ります」

また、大人になってから読み返すと、幼い頃には読み取れなかったメタファーやメッセージに気が付くことも多々ある、とも。

「子供のときはただただ展開が面白かったマンガでも、今読むと、ひみつ道具の持つ強い社会性や、風刺、また“こんな意味があったのか!”と驚かされることがたくさんあります。最近改めて、強くそう思ったのが、『おそるべき正義ロープ』と、『悪魔のパスポート』の2つ。『おそるべき~』は、自分の正義が絶対で、他人の正義は許さない、という、昨今の世の中の風潮にとても近い物語。また『悪魔の~』は、どんな悪いことでも許されてしまう権力を持ったらどうなるか…という内容です。いずれのひみつ道具も、最初はのび太がいい気になって使うのですが、途中で罪悪感に苛まれたり、道具の持つ怖い側面に気が付いたりして、自ら濫用を止めようとします。寛容さや、“過ぎる正義”とは何か、考えさせられる名作だと思います」

日常にある不思議の面白さと、SF的な恐怖が共存する物語。
『天の川鉄道の夜』ドラえもん20巻

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スネ夫からSLに乗った自慢話を聞かされ、「僕もSLに乗りたい~」と泣きつくのび太。断られたものの、ドラえもんがうっかり落としたSL型宇宙船のきっぷを勝手に使い、裏山に鉄道を呼ぶ。のび太たち4人と車掌だけを乗せた鉄道は、宇宙に向け出発するが…。

正義が暴走すると、手がつけられなくなる…!!
『おそるべき正義ロープ』ドラえもん23巻

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「いつでも俺が正しい!」と暴力を振るうジャイアンに泣かされるのび太。そこでドラえもんは、悪者は絶対許さないという、つる草のサイボーグ〈正義ロープ〉の種を蒔く。罪の重さで縛られ方が変わるというこのロープ、果たして街の平和が保たれるのか?!

悪いことへの憧れと罪悪感。その戦い、どちらが勝つ?
『悪魔のパスポート』ドラえもん13巻

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欲しいマンガが我慢できず家のお金を盗もうとしたのび太に、ママは「泥棒! ろくなものにならない!」と激怒。「ならば世界一の悪人になってやる」と宣言。どんな悪いことでも許されるひみつ道具〈悪魔のパスポート〉を使い、悪事(でも規模は小さい)を重ねる。

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ドラえもん全45巻 藤子・F・不二雄 22世紀からやってきたネコ型ロボットのドラえもんと、勉強もスポーツも苦手なのび太くんの物語。’70年より連載がスタート。絵のかわいらしさに悶絶! 各¥454(小学館)©藤子プロ・小学館

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つじむら・みづき 小説家。1980年生まれ、山梨県出身。『映画ドラえもん のび太の月面探査記』(’19年)の脚本を担当。現在、原作映画『朝が来る』が公開中。

『STAND BY ME ドラえもん 2』 原作:藤子・F・不二雄 監督:八木竜一 脚本・共同監督:山崎貴 声の出演:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一、宮本信子、妻夫木聡 全国東宝系で公開中。

※『anan』2020年12月2日号より。

(by anan編集部)