プロローグはおどろおどろしい。ペット以下の環境で監禁、虐待されている女性。そのみじめな姿をあざける犯人。それは、茨城県水戸市内の安ホテルで発見された男の刺殺体と、さらに彼が起こした先の女性監禁事件へと結びつく。犯罪の背景に何があったのか。櫛木理宇さんの『虜囚の犬』は、ゆがんだ家族関係や、閉鎖的な地方都市の陰湿さを浮かび上がらせる問題作だ。

弱者の痛みが幾重にも絡む事件を、若き元家裁調査官と県警刑事が追う。

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「同時にこれは劣等感の物語でもあるんです。極端に感情が欠如しているサイコパス的な人間はおらず、加害者も被害者も自己評価が低い人物ばかり登場します。メッタ刺しにされた薩摩治郎(さつまじろう)は、女性たちを監禁して服従させ、女性に対して一見『強者』のようですが、過去を遡れば、決してそうではない人物だったことが見えてくる。最終的に絶対的な強者というのは存在するのかというのもテーマです」

事件につながる要因を解き明かそうとするのが、白石洛(らく)という30代の元家裁調査官。かつて少年事件で治郎や関係者家族と関わったことがあり、治郎の過去について知る数少ない人物。洛の友人で、茨城県警捜査一課の巡査部長・和井田瑛一郎は、引きこもりだったという事件前の治郎について調べるよう洛に依頼する。

「今回、捜査官だけではなく素人探偵役の洛を据えたのは、事件捜査だけでなく、少年という弱い存在に焦点を当てて見てくれる人が必要だったからです。洛がいまは妹と暮らす専業主夫にして、刑事の和井田と高校時代からのノリのままじゃれ合う会話を繰り広げる場面を入れたのは、そうしないとあまりにも陰惨な話だけになってしまうかなと。重い物語の緩衝材的な役割もあります」

物語は、司法では裁けない罪や悪意にどう向き合うかも問いかける。

「他者への寛容性がないというのが始まりだと思うんです。怒りの矛先が間違った方向に向かうという問題があって、より弱い存在が被害者になるのは社会の縮図のようです」

櫛木作品では、犯罪をめぐるリアリティにも瞠目させられる。

「もともと犯罪心理などには興味があって、作家になる前、シリアルキラーについてのコンテンツの管理人を10年くらいやっていたことがあるんです。本もいろいろ読みました。そのころの知識がいろいろ補填してくれているのかもしれません」

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くしき・りう 作家。1972年、新潟県生まれ。2012年『ホーンテッド・キャンパス』で日本ホラー小説大賞・読者賞を、同年、『赤と白』で小説すばる新人賞を受賞。『虎を追う』など著書多数。

『虜囚の犬』 1986~'87年、米国オハイオ州で黒人女性ばかりが狙われたゲイリー・ヘイドニックという男による実在の拉致監禁事件がモチーフ。KADOKAWA 1700円

※『anan』2020年7月22日号より。インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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