
©2024 Emperor Film Production Company Limited ALL RIGHTS RESERVED
2024年秋、香港で『旅立ちのラストダンス』が公開されるやいなや、初日でそれまでの香港映画興行収入歴代1位だった『コールド・ウォー 香港警察 堕ちた正義』が持つオープニング興行収入記録を更新。さらに公開2日間で『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』の3日間の興収を突破し、社会現象といえる歴史的ヒットとなった。待望の日本公開を前に、アンセルム・チャン監督に本作が生まれた背景をたっぷりと聞いた。
Index
邦題『旅立ちのラストダンス』が意味するのは、「破地獄(はじごく)」という道教の伝統的な葬儀儀礼のこと。若くして亡くなったり、事故で亡くなったりした、“本来の寿命を全うできずに死んだ者”が安全にあの世へ渡れるよう、地獄の門を破って魂の通り道を開く儀式とされる。
物語の舞台となるのは、九龍半島・紅磡(ホンハム)という、葬儀店が集まるエリア。やむを得ず葬儀業者に転職した中年男性トウサンと、葬儀を取り仕切る道士であり、伝統を重んじるマン師匠が、衝突しながら互いの価値観を受け入れていく。
香港映画界の伝説的コメディアン、マイケル・ホイとダヨ・ウォンが、32年ぶりにスクリーンで顔を合わせたことでも話題に。第43回香港電影金像奨では、過去最多タイの18部門でノミネ―トされ、5部門を受賞。批評家から2024~2025年において「最も力強い香港映画の一つ」と絶賛された。
コロナ禍を経て考えを深めた「私たちがこの世に存在する意義」
── この映画の主人公のトウサンは、コロナ禍で多額の負債を抱えた結果、ウェディングプランナーから葬儀業者に転職を余儀なくされます。監督自身もコロナ禍を経ての死生観の変化などが、この映画を作るきっかけになっているのでしょうか。
そうですね。とても親しかった祖母がこの世を去ってとにかく落ち込み、いろんなことを考えた時期でした。たとえば、人間は何のためにこの地球にやってきたのか。我々は生まれた瞬間から、ある意味、死へのカウントダウンが始まっているわけですが、その間、多くの人と知り合って、いろんな関係を築いていきます。だけどそれが、地球に存在する目的かどうかはわからないし、その過程において、悲しいことやつらいことも経験しなければならない。
本当に生きたことを証明できるのは、肉体そのものだけですよね。しかし肉体だって、いずれは自然の一部になる。そのとき自分の存在を証明してくれるのは、おそらく生きている間に知り合った人でしょう。さらに私を知るすべての人がこの世を去ってしまったら、存在したのかどうかも定かではなくなる。それが人生なのだとしたら、この世に存在する意義は何なのだろうと。もしかしたら、生命の持つ意義なんてまったくないかもしれないけれども、私はやっぱり生きている間に探求したい。この脚本を書き、映画を撮ることが、この世に生きたことの証明になるかもしれない、という思いもありました。
知られざる香港の葬儀業界。死者を送る人たちの思いに光を当てる

香港独自の葬儀文化を通して、伝統の継承についても考える。
── 葬儀会社で働き始めるトウサンは、ともに葬儀を取り仕切る老年のマン道士とその家族のほか、大切な人を亡くしたさまざまな人と出会います。香港の葬儀業界を舞台にするにあたり、いろいろなところに取材を重ねたそうですが、作品に生かしたエピソードや、ヒントになったことはありますか?
脚本を書き始めるまで、リサーチに1年半もかかりました。というのも一般の人にとって、香港の葬儀業界はベールに包まれていて、業界内の人たちにインタビューをすることすら、とても難しかったのです。でも私の場合はラッキーなことに、20年来の友人が葬儀士でした。といっても私はそのことをずっと知らず、何の仕事をしているのか尋ねても、「ものを売っている」としか教えてくれませんでした。「助けになるなら、買いますよ」と言っても「あなたには必要ないものですよ」と返されたりして(笑)。でもまあ彼に協力してもらったおかげで、いろんな人にインタビューできたのですが。いわゆる葬儀屋の仕事や、葬儀全体の仕組みを理解しないと、登場人物のことも深く描けないと思っていたので、取材で聞いたさまざまなエピソードが映画に生かされています。
レズビアンのパートナーが、葬儀の参列を断られるシーンもそのひとつです。香港では同性婚が今なお合法ではなく、しかも葬儀を執り行うことができるのは、親族のみとされています。ですから親族は、故人に同性のパートナーがいることを知っていても、葬儀場に現れることすら認めなかったりする。私は香港生まれ香港育ちで、これまで身近な人の葬儀をもちろん経験してきましたが、そんなことはまったく知りませんでした。香港はいろんな面で比較的進んでいると思っていたのに、このエピソードを聞いたとき、葬儀関連については遅れていると思わざるを得なかった。だからどうしても入れたかったのです。
── 病死した子どもの遺体を埋葬せず、冷凍保存を望む母親のエピソードも衝撃的でした。
これは実話で、先ほどの20年来の友人が葬儀士として最初に関わった仕事なのです。ただし関係性には脚色があって、実際は娘が父親の遺体の永久保存を望んだそうです。最愛の父の遺体が残っていれば、将来的に科学技術の進歩によって生き返らせることができると、彼女は確信していたのです。どんなに悲しく胸を傷めたとしても、科学技術で蘇らせようという発想までは、さすがに私は思いつかなかった。それくらい人の気持ちや考え方は、まったく違うことにも驚きました。撮影を行ったのは実際の病院の霊安室で、隣にある墓地にはその父親の遺体が安置されていました。そういった場所で撮影を許可してくださったことにも、感謝をしたいと思います。
── トウサンは50代で、パートナーはいるけれども結婚しておらず、マン道士の一家と比べても、家族とのつながりや執着があまりないタイプに見えました。この主人公像はどうやって作り出したのでしょうか。
トウサンはある意味、典型的な香港人といえます。たとえば香港人は特に仕事の場などで、家の中で起きている問題を周りの人に見せたがりません。「どの家にも読みにくいお経がある」ということわざがあるのですが、人によってお経の解釈が異なるように、どの家にも他人には理解しにくいところがあるという意味です。トウサンには、ほぼ同世代である私の価値観を無意識に反映させているところもあると思います。とにかく一生懸命働いて、稼がなければならないというのも、そのひとつ。私たちは冗談で、「これは生活なのか、それとも生存競争なのか?」とよく言うのですが、それくらい香港人は仕事のみならず、自分の家族や将来のために、命をかけて戦っています。それでも死んでしまえば、魂はどこかへ行ってしまう。トウサンは葬儀士として、毎日いろんな死に出会い、それぞれの家族の別れの場に立ち会うことで、死んでしまった人よりも、生きている人が大切なのではないかと悟ります。生きている人にどれだけ愛を傾けられるかはトウサンの価値観であり、私の価値観でもあるといえるでしょう。
リスペクトしてやまない俳優たちの共演

ダヨ・ウォン(左)とマイケル・ホイ(右)の共演が話題となり老若男女が映画館に足を運んだという。
── トウサン役のダヨ・ウォンさんと、マン道士役のマイケル・ホイさんの共演も話題になっています。ともにコメディアンとしても知られていますが、おふたりの役作りや演技で印象に残っていること、演出で大事にしたことを教えてください。
ふたりとも大先輩ですし、特にマイケル・ホイさんは小さい頃からずっと映画で観てきた、アイドルともいえる存在です。映画の世界に入ったからには、いつか一緒に仕事をしたいと思っていました。実を言うとダヨ・ウォンさんには、最初、オファーを断られてしまいました。というのも彼は、役を引き受けるかどうか決めるとき、完成した脚本を判断材料にしているからです。私がオファーした時点では脚本は完成しておらず、大まかなプロットを持参して、話をすることしかできませんでした。当然彼は「私のやり方を知っているでしょう? 完成した脚本がないのなら、申し訳ないけど引き受けるわけにはいかない」と言いました。私は「もちろん知っていますが、私がどうしてこの映画を撮りたくて、あなたに演じてもらいたいのかだけ、話をさせてください」とお願いしました。そして冒頭でお伝えしたような、「人生とは何か」ということをダヨ・ウォンさんにお話ししました。
トウサンは漢字で「道生」と書き、道士、つまり道教における宗教者のような意味があります。なので道生はすでに悟った人といえるのですが、トウサン自身は多くの死者やその家族と接しながら、生命の意義を初めて理解していく。そういう役を演じてほしいのだとお話ししたら、その場で引き受けてくれたのです。
撮影現場で印象的だったのは、役への入り方です。ダヨ・ウォンさんは事前に脚本を読んで、演じる役を理解して、自分の体の中に作り込んで現場に入るのですが、次はどう演じるのかなど、脚本の話を一切しません。その代わり、生とは何か、死とは何か、宗教とは何かなど、いつもふたりで議論をしていました。
マイケル・ホイさんが演じたマン道士は、古くさくて頑固で、感情表現が苦手でいつも不機嫌なキャラクターでしたが、ご本人はとても知的でユーモアがあって、人間が大好きなんです。だから役柄とは180度違うのですが、「自分の父親はこのキャラクターとよく似ているから、父を参考に演じてみようと思う」と話していました。ひと昔前の父親というのは、みな頑固で、家族に対しても愛情を素直に表現することができなかったのでしょう。撮影中も、「自分の子どもに対しては、ストレートに愛情を表現するものだよね」と役柄との気持ちの違いを口にすることがありました。
80歳を過ぎてご高齢なのですが、この役を演じるにあたり、破地獄の儀式や、南音(ナムヤム)という伝統的な語り歌の勉強に行ったり、二胡を学んだりなど、熱心に役作りをしてくださいました。ダヨ・ウォンさんも同様で、私の友人に頼んで、実際の葬儀場に何度も足を運ばせてもらいました。そして葬儀士がどのようにして死者の体を拭き、衣装を着せ、化粧を施すのか見せてもらい、マネキンをモデルに何か月も練習をしました。役を徹底して追求されるふたりの姿に、私はただただ尊敬の念を抱きましたし、映画ができあがった今もその気持ちは変わりません。
Profile

アンセルム・チャン
1982年12月13日、香港生まれ。香港出身。若き日には競馬新聞記者の親戚を手伝い、競馬場でタイム計測のアルバイトを経験。学校卒業後、競馬新聞社に入社して文章力を高く評価され、脚本執筆を勧められたことが、映画キャリアの原点に。コメディ脚本家として頭角を現し、ラブコメディ『不日成婚(原題)』(2021)、『不日成婚2(原題)』(2022)を手がけて成功。その実績を足がかりに、本作の制作が実現した。
information
『旅立ちのラスト・ダンス』
ウェディングプランナーのトウサン(ダヨ・ウォン)は、コロナ禍で多額の負債を抱え、葬儀業者への転身を余儀なくされる。結婚式と葬式は大きく異なり、さまざまな困難に直面。その最大の難関が、ともに葬儀を取り仕切る「葬儀道士」のマン師匠(マイケル・ホイ)に認められることだった。利益追求を第一とするトウサンと、伝統を重んじるマン師匠は、考えの違いから絶えず衝突。しかしマン師匠の息子で、選択の余地なく家業を継いでいるパン(チュー・パクホン)や、道士の素質を持ちながら女性ゆえにそれが叶わない娘のマンユッ(ミシェル・ワイ)など一家と関わるうちに、トウサンの心にも変化が。葬儀で行う伝統的儀式「破地獄」の真の意味に気づいていく。
5月8日よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国で公開。
映画『旅立ちのラスト・ダンス』https://lastdance-movie.com/

















