
昨年3月、第20回大阪アジアン映画祭で上映されて話題を呼び、昨年10月に刊行した『anan特別編集 魅惑の「香港映画」の世界』でも何度も名前が登場した映画『私たちの話し方』がついに日本で公開されることに! 日本劇場公開にあわせて、アダム・ウォン監督も来日。1日3回の舞台挨拶の直前に時間を割いていただき、本作について話を聞いた。
Index

新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中。© 2024 One Cool Film Production Limited, Lee Hysan Foundation. All Rights Reserved.
『私たちの話し方』は、人工内耳をつけて普通の人として生きようとするソフィー、ろう者であるアイデンティティを大切にしているジーソン、手話と口話の両方を使いこなすアランという三者三様の聴覚障がいを持つ3人が抱える葛藤と、次第に変化していく心を丁寧に描いた青春群像劇。香港では昨年2月に公開されるやいなや話題となり、香港のアカデミー賞にあたる第43回香港電影金像奨では作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞を含む計7部門にノミネート。ソフィー役を演じたジョン・シュッインは第61回金馬奨(台湾)で最優秀主演女優賞を受賞した。
ろう者であるアイデンティティを大切にする、“ろう文化”への興味とリスペクト
── この映画には3人の異なる状況の聴覚障がい者が登場しますが、ろう者について描こうと思ったきっかけを教えてください。
6、7年前に遡るのですが、当時読んでいた短い脚本のなかに、ろう者の人たちが水中で手話を使うシーンがあったんです。それまで私はろう者の方が手話で会話をするのは大変そうだなと思っていたんですが、水の中ではみんな等しくしゃべれないので、むしろ手話がベストなんですよね。
そこからろう者に関するリサーチを始めて、どんどん聴覚障がいの友人が増えていったんですが、ダイビングが好きな方がけっこう多いんですよ。水中ではダイビングの指示だけでなく、みなさん本当に自由にお話しています。噂話に花を咲かせてみたり、詩について語り合ったり…。それが本当に素晴らしいなと感じました。
そうして次第にろう者の文化に興味を持つようになり、この映画の最初の脚本を書いてくれた脚本家のシーキングさんとお話をする機会に恵まれました。彼女は聴者ですがろう者の文化にとても詳しく、ご自分でも手話ができる方で、ろう者の友人もたくさんいました。そんな彼女とお話するなかで、私もろう文化がなぜ“文化”と称されるのか、そのことについて深く知るようになりました。
ろう者には共通の生活習慣があり、共通の手話という言語がある。手話はとても表現力が豊かな言語で、彼らはおたがいに自由にコミュニケーションすることができます。ただ、その手話という言語は外の世界から抑圧されていて、そのためグループとしての結束が固い、ということも知りました。ろう者の方たちは、自分がろう者であるということに対して確固たるアイデンティを持っているんですね。
この“ろう者である”というアイデンティティは、ろう文化におけるもっとも重要なコアなんです。そのことを知った私はシーキングさんに質問しました。「ろう者であることを自分のアイデンティティとして大切にしている彼らは、もし薬や装置ですぐに耳が聴こえるようになると言われたとしても、それらに興味を持たないだろうということですか?」と。すると彼女は「はい」と答えたんですね。その答えを聞いたとき、私は強い衝撃を受けました。ろう者であるということはそれほどまでに強いアイデンティティなのか、と。
その時、このテーマは短編ではなく、ぜひ長編で映画を作るべきだと思ったんです。この会話がでたのは、ディナーの真っ最中で、その場にちょうど映画プロデューサーも同席していたんですよ。その日の帰り道はワクワクしっぱなしでした。次の映画のテーマが決まって、すごく嬉しい気持ちだったのをよく覚えています。
── それだけの想いがあったからか、映画からろう者とろう文化に対するリスペクトを感じました。監督自身も手話を学ばれたそうですね。
そうですね。さきほどお話したディナーでの会話から映画を作ろうと決めたのですが、手話を学ぶことは映画を作る上で外せない重要な要素です。といっても私の手話はまだまだ幼稚園生レベルなんですけど(苦笑)。
── さきほど撮影のときに見せてくださったサインネームは監督が考案されたんですか?
いえ、私のサインネームはリサーチの初期段階でスタッフの友人であるろう者の方に会ったとき、その方が考えてくれました。ろう者同士はどうなのかわかりませんが、ろう文化では聴者のサインネームはろう者につけてもらうものなんだそうです。最初のサインは「眼鏡」を表していて、次のサインは「A」。私の名前がアダムなので、そのイニシャルですね。私はいつも眼鏡をかけているイメージがあるらしくて、つまり「眼鏡のA」という意味です(笑)。

「眼鏡」のサイン

「A」のサイン
名前というものは自分自身のアイデンティティを確立する上でとても大事なものだと思います。私が名前の大切さを最初に感じたのは、実は『ムーミン』の小説なんです。ムーミンの短編小説にスナフキンが小さな生き物に名前をつける作品があるのですが、名前をつけられた小さな生き物はとても幸せそうで、その後の彼の人生すらも明るくしてくれそうでした。その時、名前とはアイデンティティの大切な一部なんだな、と感じたんです。
ルイス・クーを説き伏せ、演技未経験のマルコ・ンを抜擢
── 主演の3人をキャスティングした理由について教えてください。
はじめは、キャストは全員聴覚障がいの方であることが大事だと思っていたんです。でもリサーチを進めていくうちに、そしてろう文化を知っていくうちに、それは無理だなという考えに至りました。理想としては主演の3人はろう者に演じてもらいたかったんですが、映画の内容的にかなりハイレベルな演技力が求められるだろうということはわかっていましたし、香港でその希望に沿った人を見つけるのは難しいだろうなと。ただ、クリエイティブチームの中にろう者の方がいて、3人のうち1人はろう者が演じたほうがいいんじゃないかと助言してくれたんです。できるかどうかはわからなくても、トライはした方がいいんじゃないか、と。
ただこの考え方は、映画会社からすると理解しがたいものだったようです。今、香港には若いアーティストがたくさんいて、みんな映画に出たがっている。そういう人たちを差し置いて、耳の聞こえない人たちのコミュニティの中から新しい才能を探すというのは、映画会社的にはちょっと意味がわからない、と。でも、プロデューサーがルイス・クーさん(本作の製作を手掛けた天下一電影製作有限公司の設立者)に話をしてくれて、ろう者とろう文化へのリスペクトが必要な作品だということを理解してもらって、「そういうことであれば、君たちのクリエイティブなスピリットを大切にしよう」とおっしゃってくださったんですね。そうしてリサーチを続けた結果、マルコに出会いました。彼は聴覚障がい者なんですが、会った瞬間、アラン役にぴったりだなと直感しました。

アラン役のマルコ・ン
マルコを紹介してくれたのはリサーチをする中で知り合ったろう学校の先生で、彼女とはいろんな話をしましたし、私がこの映画でやりたいことをとてもよく理解してくれていました。そこで、誰か(俳優として)推薦してもらえませんかと尋ねたところ、マルコのインスタグラムを教えてくれたんです。彼のアカウントを見たら、イケメンだけどちょっとかっこつけている感じでしたね(笑)。でも印象がよかったので私から連絡して会うことになりました。マルコに初めて会った時、すぐに彼こそが正しい選択だと感じました。マルコ自身の性格がアランと似ていたんですよね。自分の中にあるものを使って演技をしたほうがよりリアルになるので、演技に関しては新人である彼にとってこれはラッキーだなと思いました。
それに、性格だけでなく、マルコが持つ能力もアランと似ていたんです。少し(音を)聞くことができ、かつ手話もしっかりできるのもふたりの共通点なんです。そして、何よりマルコ自身に演技をやりたいという気持ちが強くありました。実は彼は以前、短編映画に出たことがあって、ぜひもう一度演技をしてみたいと思っていたそうなんですね。さらに、聴覚障がい者のコミュニティのために役立ちたいという想いも強かった。マルコはとても情熱的な人なんですよ。
── キャスティングによって脚本が変わった箇所はありますか?
ほとんど自分の脚本どおりだったと思います。もちろん、リハーサルをしている時に「あ、これいいかも」と思って細かいところを調整することはありましたが、基本的にほとんど脚本どおりでしたね。それは、私自身が俳優たちのことをよく知っているから、ということもあると思います。
ネオ(・ヤウ)の話で言うと、脚本を書いているときからジーソン役はネオにしようと決めていました。彼のことはよく知っているし、性格もよくわかっているので、彼がどこまでできるのか、彼のポテンシャルを探ってみたいという想いがあったんです。
そこで彼にこの映画の話を初めてした時、今の段階で100%ジーソンの役をあげるわけではない、と言いました。君は耳が聞こえるんだから、耳が聞こえない人の役をやるということに対して誠実でなければいけない、と。しっかり手話を学ぶこと、ろう文化について知ること、そして手話が流暢にできるようになって、聴覚障がいの人たちからお墨付きをもらえたらこの役をあげよう、と。この映画に出ることを受賞のチャンスと考えたり、ろう者の役を物珍しいものとして捉えるのではなく、ただ誠実に演じてほしいとも言いましたが、彼はそんな私の想いをしっかり理解してくれましたね。

流れるような手話を演じるジーソン役のネオ・ヤウ
── 映画の主題歌「What If」の作詞をソフィー役のジョン・シュッインさんが担当されています。シュッインさんに歌詞をお願いした経緯は?
作詞を彼女にお願いするのは自然な流れでした(笑)。彼女は香港では有名な人気作詞家ですし、以前『作詞家志望』という映画にも出演しています。しかも、彼女は手話もできるんですよ。だから彼女に依頼するのはベストな選択だと思ったんですが、それでもやはりそんなに簡単に考えてほしくなかったので、彼女にもお題を与えました。作詞をする時、曲のイントロとアウトロの部分を手話で考えてほしい、と。彼女はそのお題に見事に応えてくれて、この曲のイントロとアウトロは手話だけで構成されているんですよ。

ソフィ役のジョン・シュッイン
── この映画の出来に確信を持てたのはいつですか?
正直なところ、作品が完成するまで確信は持てませんでした(苦笑)。撮影中だけでなく、編集段階でもまだ確信がなくて、観客たちの反応を見た時、特にろう者の方たちから「観ていてすごくよく理解できた」と言っていただいてようやく「ああ、よかった」と思えたんですよね。この映画を作るのは、私にとってはものすごく大変でした。
以前、ダンスの映画(『The Way We Dance -狂舞派-』)を作ったことがあるんですが、あの時は物理的にやることがたくさんあってものすごく大変だったけど、それとはまた違った大変さを味わいました。聴覚障がい者の文化にまつわる映画を、聴者である私が作るということの難しさに、撮影中は何度も途方に暮れました。これでいいんだろうかと思うことがたくさんあって、トライアンドエラーを繰り返してばかりだったので、本当に最後の最後までちゃんとできているのか確信は持てませんでしたね。
この映画は自分が知らない、確信を持てない世界の話なので、何が正しいのかを自分で見つけ出さなくてはいけませんでした。私自身はろう文化を尊敬していますし、自分自身であることを強く誇りに思う、そのスピリットに感銘を受けてこの映画ははじまりました。それと同時に、それは自分の文化ではないということもよくわかっています。だからこそ私は100%のリスペクトを示すべきだと思いましたし、そうすることが、このチャレンジが進むべき道を間違えずにガイドする道標だったんです。
言語が違ってもメッセージは伝わる。映画の持つ力にあらためて感動。
── 日本でも「第20回大阪アジアン映画祭」と「手話のまち 東京国際ろう芸術祭2025」で上映されました。日本の観客の反応で印象に残ったものはありますか? また、今回こうして日本で上映されることになった今のお気持ちは?
東京国際ろう映画祭ではお土産を売っているブースがあったんですが、そこでとある女の子に出会って、可愛いお土産とお手紙をいただいたんです。彼女はモデルと女優をしていて、映画制作の勉強もしているそうで。その方が、大阪アジアン映画祭でこの映画を観てインスピレーションを受けて、自分もこのテーマで映画を作りたいと思ったと言ってくれました。その話を聞いて、映画って違う国の人にもこんなに伝わるんだな、たとえ言語が違ってもそのスピリットは伝わるんだな、と感動しました。

若者たちの成長を描いた青春映画であり、多くの人の心を打つ。
日本でこの映画が公開されるということは、非常に光栄に思っています。私にとっては6作目の映画作品なんですが、初めて日本での商業公開となります。ちょうど映画が封切られた日に妻と新宿武蔵野館に行ったら、聴覚障がい者の方が観に来られていたのに出会えたことも嬉しかったです。
また、『anan』で、あの稲垣吾郎さんが紹介してくださったり、黒柳徹子さんが素敵なお言葉を寄せてくださったり、非常にありがたく思っています。稲垣吾郎さんと言えば、映画『笑の大学』の主演をされた方ですよ! 『笑の大学』は私が大好きな日本映画のひとつなんですが、稲垣さんはコメディライターを演じられていて、すごくいいなと思っていたんです。それから何年も経って、私の映画をご覧いただいただけでなく、わざわざコラムでおすすめしてくださるなんて! 本当に奇跡だなと思います。
── 日本映画といえば、監督はジブリ映画が好きで、映画『風立ちぬ』では主人公・堀越二郎の広東語版声優を務めたと伺っています。
そうなんですよ。ジブリ映画の中では『風の谷のナウシカ』と『天空の城ラピュタ』が特に好きなんですが…。あの、実は私、両作品のプラモデルを作っているんですが、その写真を載せていただくことはできますか? 自分が作ったものを人に見てもらえるチャンスはなかなかないので、プラモデルラバーとしてはぜひ作品を見ていただけたらと!
監督がこの日のロングインタビューの最後に、熱意を持ってお見せしてくれたプラモデルの写真がこちら。プラモデル愛、作品愛を感じる写真をありがとうございました!
Profile
アダム・ウォン
1975年、香港生まれ。2004年に公開した長編デビュー作『ベッカム、オーウェンと出会う』で香港アジア映画祭インディペンデント・スピリット賞を受賞。その後、2013年の『The way we dance -狂舞派-』では第33回香港電影金像奨・新人監督賞を、『狂舞派3』(2020年)は第57回金馬奨で6部門にノミネートされるなど、話題に。また、大のジブリファンとしても知られており、映画『風立ちぬ』主人公・堀越二郎の広東語版声優を務めている。
information
『私たちの話し方』
人工内耳を着用し、耳の聞こえる人として生活を送るソフィーは、同じく人工内耳を使うアランと、彼の幼馴染で生まれつきのろう者であるジーソンに出会う。ジーソンは自身がろう者であることをアイデンティティとしていたが、ソフィーのある言葉に誇りを傷つけられ、激怒。最悪の出会い方をした3人だったが、共に時を過ごすうちに、彼らにの心には次第に変化が訪れ──。本作で第61回金馬奨主演女優賞を受賞し、演技派として名高いジョン・シュッイン、本作のために1年がかりで手話を身に着けたネオ・ヤウ、そして演技は未経験ながら本作で第43回香港電影金像奨の新人俳優賞にノミネートされたマルコ・ンが20代の3人のろう者を等身大で演じている。
映画『私たちの話し方』 https://mimosafilms.com/thewaywetalk/




















