
作品ごとに新しい衝撃を放ち、世界中から注目を集めるパク・チャヌク監督の最新作『しあわせな選択』がついに日本公開。会社から“突然の解雇”を言い渡され、生き残るため必死に奔走するうちに一線を越えていく主人公を演じるのは、イ・ビョンホン。このたび来日を果たした彼に、監督との現場の様子、そして演技との向き合い方について語ってもらった。
『しあわせな選択』

製紙会社に勤めるマンス(イ・ビョンホン)は、妻・ミリ(ソン・イェジン)と子供たちと共に、広い庭と温室のある家で幸せに暮らしていた。ところが、ある日突然、会社から解雇を言い渡されてしまう。なかなか再就職先も決まらず追い詰められた彼が閃いたアイデアは「ライバルがいなくなれば、仕事は手に入る」だった。

── 20数年ぶりにパク・チャヌク監督の長編に出演したということですが、監督とご一緒されて、以前と違うと感じる部分はありましたか?
変わったところはほぼありませんでした。いつもニコニコされていて、しかめっ面をしているときもなく、誰に対しても優しく接していました。撮影現場で、人に「いい気」を与えるところは変わりありませんでした。ただ、本当に自分のビジョンが明確な方なんですよね。だから監督の要求というものはとても詳細で、カミソリの刃のように鋭かったです。そういう部分は以前と変わりがないです。和気あいあいとした雰囲気なのに緊張感のある現場でした。
── 前回出演されたパク・チャヌク監督作品が『JSA』で、イ・ビョンホンさんは若き韓国軍の兵長を演じていたわけですが、今回は製紙会社でリストラにあうマンスという役を演じられています。役柄もがらりと変わりましたが、今作で監督にはどのようなことを求められましたか?
監督の要求事項が多くて、どのエピソードを話せばいいかわからないくらいです。本当に大変だったのは面接のシーンですね。演じるべきことはト書きにも書いてあるんですけど、その場での追加事項もあって。面接のシーンだから、面接官に向かって話すセリフが当然あるんですけど、そのとき反対側のビルからの反射の光が眩しくて、つらそうにしてましたよね? その上、緊張しているから貧乏ゆすりもします。でも、面接だから貧乏ゆすりはしてはいけないと思って手で脚を抑えるんですけど、やっぱりゆすってしまう。そしてその一方で、歯が痛いんです。だから、痛みを感じて歯のことを気にしてしまう。でも、面接官の視線を意識しているし…。そういった一連の行動を一気に見せつつ、なおかつセリフも言わないといけない、という風に、複合的に動かないといけなかったんです。

── 今回、イ・ビョンホンさんの演技で特に印象に残ったシーンのひとつが、イ・ソンミンさん演じるボムモの家の周りで焦って階段で滑るところでした。あれは、監督のオーダーだったのでしょうか?
あそこは監督の台本のト書きに描かれていました。撮影時には、本当に滑ったかのように演じなくてはいけませんでした。
── 『KCIA 南山の部長たち』のときにも、やはり血で滑るシーンがあって、あれは偶然なのか、演技なのかということが話題になっていました。
それは現場でのアイデアでした。あのシーンでは転ぶことに現実味があるかなと思って転んだんですけど、実際に、あの現場でそうやって転んだ人がいたんだということを後で聞きまして、偶然の一致にびっくりしました。
── 今回、イ・ビョンホンさんと同世代の共演者の方が多かったですよね。特に、イ・ソンミンさんとは『KCIA 南山の部長たち』でも共演されていました。今回の共演はいかがでしたか?
まずは、前回と今回でお互いに演じているキャラクターが全然違いますよね。今回の共演で、イ・ソンミンさんとより距離が近くなったなと思いました。一緒にベニスですとか、いろんなところにPRにも行きました。なので、友情を深める時間も多かったです。また、イ・ソンミンさんというのは、韓国においても演技が上手であるということでとても有名なので、一緒に作品作りをすると頼もしいなと思うことが多かったです。

── 監督の指示が細かくあったということでしたが、イ・ビョンホンさんから提案した部分というのもあったのでしょうか?
元々僕は、アイデアを思いついたら、よく提案するタイプなんです。でも、『JSA』のときは、そういったアイデアがあまり採用されることがなかったんですよ。でも、今回は真逆で、僕がこうしたら面白くなるかなと、ふと言ったアイデアや、冗談で言ったことまで、すぐに「それやってみよう」となることが非常に多かったんです。そうやって、アイデアが採用されすぎるので、ちょっと怖くなってきたんです。あまりにも自分のアイデアが受け入れられてしまって、もしも映画がつまらなくなったときに、自分の責任になるんじゃないかって思ってしまって。あるときから、アイデアが思い浮かんでも口にしないようにしていました(笑)。
── そうだったんですね。実際にイ・ビョンホンさんのアイデアが活かされた部分はどんなところだったのでしょうか?
例えば、あることをした後にマンスが疲れてソファーで寝てしまい、妻が起こしにきて、警察が来たことを知るという場面がありました。警察は息子の件でやってきたんですけど、マンスは自分の件で警察が来たんだと勘違いするんです。こういうシチュエーションだったら、マンスはそのように捉えるんじゃないかと思って、自分のアイデアを伝えたところ、監督が「それ、いいね」ということで採用された場面でした。
もうひとつ、部屋の中で、マンスとボムモとヨム・ヘランさん演じるボムモの妻・アラと揉み合いになるシーンがありますよね。三人は、銃を我先に掴もうとするけど、そのせいでどこかに銃がいってしまうんです。銃が箪笥の下に入り込んでしまい、三人が箪笥の下を覗き込むという部分も、監督にアイデアを話したら、「それも面白いね」ということで採用されたシーンでした。

── 今回の『しあわせな選択』には、監督の掲げるテーマがありますよね。演技をする立場のイ・ビョンホンさんとしては、そのテーマをどのくらい頭において演技をされるんでしょうか? それとも、知らずに翻弄されるマンスというキャラクターだからこそ、考えないようにして演じているんでしょうか?
作家や監督の意図というものはありますよね。監督が何を表現したいのか、何を見せたいと思っているのかは、俳優ももちろん知っておいたほうがいいとは思います。けれども、その演技をする俳優というのは、意図というものをあまり意識してはいけないというふうに思うんです。台本の中に描かれている状況に忠実に演技するのであれば、その意図を意識しないほうがいいだろうし、意識しないでいても、観客の皆さんには意図というものは十分に伝わると思います。なので、ただただマンスの感情に忠実に演じました。
── 最後に、イ・ビョンホンさんが演技をしていて、満足するときというのはどんなときですか?
演技をしてカットがかかった瞬間にのみ知ることができます。それは、自分だけが知っていることだと思います。本当に自分が感情に入り込んで演技ができたのか、それとも、ちょっと集中に欠けた状態で演技していたのか、それは自分にしかわからないことです。もちろん、編集された映像を見たときにも、新たな悟りというものがある場合もあります。でも、何かを感じるのは、自分が実際に演技をしてみて、カットがかかったその瞬間だと思います。
Profile
イ・ビョンホン
1970年生まれ、韓国、ソウル出身。『JSA』(00)、『甘い人生』(05)、『インサイダーズ/内部者たち』(15)、『MASTER/マスター』(16)、『KCIA 南山の部長たち』(20)、『コンクリート・ユートピア』(23)など、数多くの作品で多彩な演技をみせる、韓国を代表する俳優。大ヒットシリーズ「イカゲーム」への出演や、『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(25)での声の演技も話題に。
Information

『しあわせな選択』
監督:パク・チャヌク
出演:イ・ビョンホン、ソン・イェジン、パク・ヒスン、イ・ソンミン、ヨム・ヘラン、チャ・スンウォン ほか
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
配給: キノフィルムズ
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