男役時代よりさらに髪の短いベリーショートで現れた彩風咲奈さん。退団して髪を伸ばす人は多いが、さらに短くする人はまれだ。
「男役のショートカットはリーゼントありき、みたいなところがあったので、在団中はあまり髪型でバリエーションを出せなくて。それこそ前髪をここまで短くすることがなかったので、挑戦してみたかったというのがあります。そもそも、宝塚の男役でやってきたことが自分が本当に好きなことだったんです。スカートもはきたくないというわけではなく、挑戦してみたいデザインのものに出合えたらはくだろうと思います。でも、ファッションとしてパンツスタイルのほうが好きなんですよね」
そういって向けられた笑顔がなんだか穏やかで、トップスターという立場をどれほどの覚悟で担っていたのかを想像する。
「自分としては、そういう立場を幸せに思っていましたし、退団して解放されたみたいな気持ちも全然ないんです。ただ、会う方会う方に表情がすごく柔らかくなったと言われます。在団中は、つねに公演のために動いていたので、お休みの日も自分で決めた時間までに予定を終わらせるため朝早く起きて行動するという生活でした。友だちとランチに出掛けても、何時までに帰ると時間を決めていましたし。今は、ランチの予定しかない日もあって、ゆっくり食事を楽しんだり、夜更かしや朝寝坊もできるようになりました」
そんな日々の中でも、ダンスレッスンは欠かさず続けている。
「最低でも週に1回は必ず踊りに行っています。これまでは公演のためのレッスンという気持ちで通っていたのですが、やっぱりダンスが好きなんだと思います。自分でも驚いたのですが、退団して結構すぐに劇団でもお世話になっていた先生のところにレッスンに行ったら、在団中とは感覚が全然違いました。表現がすごく自由になったというか。これまで意識していなくてもすべて男役に繋げていたんだなと自覚しましたし、ここからもっと自分が広げられる表現があるんだということに気づいて嬉しかったです。まだ型にはまってしまうところがあるので、もっともっと自由に踊れるようになれたらなと思っています」
在団中は自分のパフォーマンスに対してストイックに向き合う姿勢で臨み、つねに上だけを見つめて黙々と走り続けてきた人。
「今振り返ると、そうすることで自分の機嫌を自分でとっていたのかなと思います。やらないと気が済まないし、きちっとしたところからハミ出たときに自分の機嫌が悪くなるのがわかっている。それで自分のパフォーマンスが落ちたりするのが嫌なので、そうならないように、自分のベストコンディションを維持するため何時には寝ないと…という感じで生活を組み立てていたんです」
そんな自身を「基本的に自分を疑ってかかる性格」と分析する。
「私が雪組に配属されたときのトップスターである水夏希さんの姿が、自分にとってのバイブルなんです。水さんは、つねに自分の芸事に対して、さまざまな角度からこれでいいのか検証される方で、そのやり方が私にも根付いている。もともと一人っ子できょうだいげんかもしたことがなく、中学を卒業してすぐに宝塚音楽学校に入ったこともあり、宝塚で初めて経験することが本当に多かったんです。上級生や同期が、私のためを思って真剣に怒ってくれたり意見を言ってくれたり。言っていただけることが本当にありがたかったです。苦しいこともありましたけれど、後で振り返ると、あのときがあってよかったと思うことばかりです」
次のフェーズに踏み出し、目の前にあるのは退団後初のコンサート「no man’s land」。長い手足を駆使した伸びやかでスタイリッシュなダンスはもとより高く評価されてきたが、新たな表現を手に入れた先でどんな進化を見せてくれるのか興味深い。構成・演出を手がけるのは、抽象表現を取り入れたアーティスティックな舞台で人気を博した宝塚歌劇団出身の荻田浩一さん。
「退団後最初のコンサートですし、男役を卒業して変化してゆく途中経過をお見せするのは今しかないので、それを楽しんでいただきたい。だから演出は少しでも私のことを知ってくださっている先生にお願いしたいと思いました」
宝塚時代に出演した荻田作品では、忘れられない思い出がある。
「入団3年目の『凍てついた明日』という作品で、初めて先生の前でお芝居をしたとき、『彩風くんは上手いけど、ただ上手いだけになってるね。上手いよりもっと大事なこともあるんだよ』と言われたんです。宝塚音楽学校時代からずっと上手いことが最上だと思ってやってきて、そこで今まで積み上げたつもりでいたものが全部リセットされました。その言葉は、今でも自分への戒めとして時おり思い出すくらい。あれから時を経た私が先生の演出を受けてどうなるか、自分でも興味深いです。今回ゲストに、水夏希さん、望海風斗さんという、私の人生に大きな影響を与えてくれたおふたりが出てくださいます。水さんは師匠みたいな存在ですから、退団した先に出会えるのが怖くもあり楽しみでもあり(笑)。望海さんとは、今でもその瞬間を鮮明に覚えているくらい大切な時間をたくさん過ごさせていただきましたから、再び共演できることが嬉しいです」
そしてこの先、目指す新たな彩風咲奈像にも触れておきたい。
「やっぱり舞台がすごく好きなので、できれば続けられたらと思いますし、今日みたいな撮影もまたさせていただけたらと思います」
PROFILE プロフィール

彩風咲奈
あやかぜ・さきな 2月13日生まれ、愛媛県出身。2007年に宝塚歌劇団に入団。雪組に配属され、早くから抜擢を受け、’21年に望海風斗の後を引き継ぎ雪組トップスターに就任。『CITY HUNTER』や『蒼穹の昴』『BONNIE&CLYDE』など数々の話題作に主演し、昨年、『ベルサイユのばら』―フェルゼン編―で退団した。
INFORMATION インフォメーション
彩風咲奈 1st Concert「no man’s land」
【大阪】5月2日(金)~4日(日) 梅田芸術劇場メインホール S席1万2500円 A席8000円 B席5500円 梅田芸術劇場(大阪)TEL:06・6377・3800(10:00~18:00) 【東京】5月10日(土)~12日(月) 東京国際フォーラム ホールC S席1万2500円 A席8000円 B席5500円 梅田芸術劇場(東京)TEL:0570・077・039(10:00~18:00) 3月29日(土)10:00よりチケット一般発売
写真・Maciej Kucia スタイリスト・町野泉美 ヘア&メイク・岡田いずみ(KiKi inc.) 構成、文・望月リサ 撮影協力・バックグラウンズ ファクトリー
anan2440号(2025年3月26日発売)より