「アイドル」のラストはアイが見たかった世界。
「幼少期から、将来は物作りの仕事をしたいと思っていました。小学生の頃は『金曜ロードショー』でジブリ映画を観たり、月曜から金曜まで夕方に流れるTVアニメを見たりして。毎日のようにアニメに触れていたのが、アニメーターになった理由の一つになっていると思います。とはいえ、いきなりこの業界に飛び込んだわけではなくて。当時アニメの現場は賃金の問題があったり、今と比べると労働環境も大変だったんです。物作りをする専門学校に進んだものの、アニメの仕事で食べていくのはしんどいのかなと。卒業後は、主にゲームのムービーシーンを作っている会社で働きました」
しかし、アニメへの情熱が冷めることはなかった。ゲームの仕事を始めて2年が経った頃、アニメーターになることを決意する。
「周りの方に話を聞いて、給料制である程度安定した生活が送れる、京都アニメーションに入社しました。でも、“安定”というのが僕には合わなかったのかもしれません。会社から給料を支払われて仕事をする環境だと、自分のやりたい作品に舵が切りづらい。フリーになった時、一人で全責任を負う状況になったと同時に、自分の人生を切り開いていってる楽しさがありました」
’17年に上京し、その1年後に大きな転機が訪れる。
「あの頃、僕はアニメ作りに疲れていて、業界を辞めるつもりでいたんです。そんなある日、知人から『友達が働いているアニメ会社の制作さんが、作画ができる人を募集してる』という話を聞きまして。お小遣い稼ぎぐらいの気持ちで仕事をしたら、すごく褒めてもらえたんです。それで、単純なんですがもうちょっと頑張ってみようと(笑)。その頃、僕の好きな小説がアニメ化されると聞いて、制作さんに『担当の方を紹介してもらえませんか?』とお願いして繋いでくださったんですが、担当の方には『まだその企画は動いていないので、別の仕事をお願いできませんか?』と言われました。それが『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』第3話のED『チカっとチカ千花っ』。その映像が話題になりまして、無名だった自分がいろんな方に知っていただくきっかけになりました。今の僕があるのは、間違いなく『かぐや様』のおかげなんです」
中山さんの作品に共通していることが2つある。それは“普遍性”と“キャラクターへの愛”だ。
「音楽を聴いたら、どんな人でも脳内に何かしらの映像が浮かぶと思うんです。人によって価値観や感性は様々ですが、一曲の中からみんなが思い浮かべる映像には、普遍的なものがあると思っていて。そのイメージを、きちんと映像化することを心掛けています。逆に、その音楽に合っていないカットは絶対に入れないようにしていて。例えばアニメ『【推しの子】』は、赤坂アカ先生の原作があって、そのスピンオフ小説を元にYOASOBIさんが『アイドル』を作られた。自分は、誰かがゼロイチのことをやってくださっているところに入り込んでいく立場なので、作品へのリスペクトは絶対に欠かしたくない。だからこそ、そのキャラがやらないようなことは絶対映像にしたくないんです。一方で、キャラに対して『こんな一面があったらいいな』というのを探して一をどんどん膨らませることが、自分の役割だと思っています」
「アイドル」のMVには『【推しの子】』本編で描かれていないシーンがある。ラストで高校生になったアクアとルビーが、アイドルとして活躍するアイの姿をテレビで見ている姿だ。まさに、一を膨らませた大事な場面だ。
「キャラに限らず、頑張っている人が好きなんです。アイは悲しい結末を迎えますけど、それまでずっと自分と向き合って頑張ってきた子が、あんな最後を迎えるのは辛すぎる。せめてMVの中だけでも、アイが見たかった世界を表現してあげたかったんです」
光の加減やエフェクトなど細かい編集には、ビジュアルデベロップメント・モーショングラフィックス担当の齊藤雄磨さんや山口駿さんらの協力が大きかったという。
「普段映像作りをしているチームにはない思考を、齊藤さんのチームは持っていて。しかも音楽との親和性が非常に高い。細かい部分の音ハメもそうですし、エフェクトでキラキラを入れる処理の場合、普通の現場だと緻密に音合わせをすることって難しいんです。『何分何秒のここら辺からエフェクトをください』みたいな大まかな伝え方になり、それだと本当にただエフェクトが出るだけになって、シビアな音ハメは難しい。だけど齊藤さんのチームは、僕が何か言わなくても完璧に仕上げてくださって。うさぎのオブジェクトや、タイトルの文字が破けるのも、齊藤さんや山口さんのアレンジなんです」
「アイドル」のMV制作で得た経験が、今後の指針になったという。
「今回、齊藤さんと一緒に映像を作ったことで、自分の引き出しになかった映像ができたことに驚きました。今後はもっと様々な人とタッグを組み、自分の可能性を広げていきたいです。あとは、デジタルで絵を描く方が増えましたが、それもここ10年の話。今後も常に新しいことに取り組みながら、いろんな表現手法に則って映像作りをしていきたいです」
「アイドル」YOASOBI
『【推しの子】』の著者・赤坂アカが書き下ろしたスピンオフ小説『45510』を元に制作された楽曲。MVともに注目を集めた結果、『MTV VMAJ 2023』で最優秀芸術監督賞と最優秀楽曲賞を受賞した。
なかやま・なおや 京都アニメーションを経て、フリーランスのアニメーターとして活躍。『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』第3話のED映像を担当。『ラブライブ!』シリーズや、『【推しの子】』など人気作品に参加。
【WORKS】
TVアニメ『Free!』作画
TVアニメ『かぐや様は告らせたい』
ED絵コンテ・演出・原画
TVアニメ『恋する小惑星』など
※『anan』2023年12月27日号より。取材、文・真貝 聡
(by anan編集部)