「昔から怪談やホラーなど不思議な話が好きで、いつか描きたいと思っていました。私自身はだいぶ怖がりなのですが(笑)」
四季折々のスープと人間模様を描いた『オリオリスープ』の著者、綿貫芳子さんが満を持して挑んだテーマが、怪異。最新巻に収録されている「遠野物語」をモチーフにした短編「まよひが異聞譚」から、イメージを膨らませて連載化したのがこの作品だ。装丁家でゲイの片桐甚八は、“オバケ先生”と呼ばれる高名な日本画家の原田織座(おりざ)に、なくした財布をとある方法で取り戻す手助けをしてもらう。織座に惚れてしまった甚八は、なぜか怪異に好かれ不思議な現象に遭遇しやすいようで、“あちら”の世界に魅せられている織座の道楽に振り回されることに。
「ふたりとも『オリオリ~』に登場しているキャラクターで、具体的に触れる機会はなかったものの、結構細かく設定を考えていたんです。自分でも忘れていたことを思い出したり、実はこういう人だったのかと気づいたりしながら描いています」
あちら側への入り口となるのは、古本にあった見知らぬ人の書き込みや、不意にポスティングされる情報の少ない移動販売のチラシ、いつも釣り銭が置き去りにされている古い自動販売機など、誰もが日常で身に覚えがありそうなことばかり。
「描きたい物語があるからネタを探すというより、“気になることノート”が発端になることが多いですね。たとえば母から聞いた思い出話や、街中で見つけた変な風景、お風呂に入っていて唐突に浮かんだ単語などをメモしておくんです。それ自体は全然怖くなかったりするのですが、違和感や妙なギャップのある、座りが悪い事象をホラーの土俵に持っていく作業をしている感じです」
彼らは遭遇した怪異をドラマティックに祓ったりはしない。常識的にはあり得ない体験をしながらも、現実の隣に存在する世界だと認識して、また日常に戻る。その描き方に好感が持てるし、「きっといる」と思わせてくれる怪しさと魅力がある。
「いかにもモンスターっぽい佇まいだと、インパクトがあっても隣にいそうにないので、いつもそのせめぎ合いに苦戦してます。イメージは、街の角を曲がったらいそうな存在。ホラーや怪談といっても本当にさまざまですし、怪異が出てこなくても怖いこともたくさんある。そこに可能性があると思っているので、いろんな波で描けたらいいですね」
『となりの百怪見聞録(ひゃっかいけんぶんろく)』2 怪異に好かれる男・片桐甚八と、好事家の原田織座。不思議と恐怖、そして好奇心のバランスが絶妙な見聞録。Web「となりのヤングジャンプ」で連載中。集英社 715円 ©綿貫芳子/集英社
わたぬき・よしこ マンガ家。第64回ちばてつや賞一般部門にて「ヘミスフィア」で佳作受賞。著書に『オリオリスープ』(全4巻)、『真夏のデルタ』。
※『anan』2023年11月1日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・兵藤育子
(by anan編集部)