体を張って演じてきたので、絶対に流行ってほしかった。
「ananさんにソロで撮影してもらえるなんて光栄っすなぁ」
そう言って撮影中、茶目っ気たっぷりに笑った一ノ瀬ワタルさん。キックボクシングで鍛えた体躯、強さと優しさが同居する瞳の奥の輝き。存在すべてが『サンクチュアリ -聖域-』で彼が演じた力士・猿桜を思い起こさせる。大相撲を題材に、Netflixオリジナルドラマとして制作された本作。問題児力士・猿桜と仲間、宿命のライバルの肉体と生き方が土俵という“聖域”でぶつかり合う。その圧倒的な迫力はたちまち世界を熱狂の渦に巻き込んだ。反響は耳に届いているのだろうか。
「う~ん、そうですね。エゴサは自分の軸がブレちゃう気がしてやらないんですけど(笑)、会った人から感想を聞くとうれしいっすね。精神的にも肉体的にも限界までやりきった自信はありますから」
一ノ瀬さんと作品との出合いは2019年までさかのぼる。同じ格闘家で、同じ九州生まれで、一見コワモテだけど純粋で。自分と重なる猿桜に、特別な縁を感じた。
「オーディション後、自分の気持ちを伝えたくて、江口カン監督を呼び止めたんです。『いま俺、“猿桜”にビシビシ感じてるものがあります!』って。普段はそんなこと言わないけどあのときばかりは言わずにはいられなくて。でも選ばれてからは、しんどいことだらけ(笑)。撮影に入る前から相撲の稽古を積んで、役作りもめちゃくちゃしたっすね。監督と毎日連絡を取って、歩き方、目を開ける幅など細かな部分を調整していくなかで、猿桜という存在が俺の中に芽生えてきました」
作中で人々の度肝を抜いたのが力士、部屋、土俵…相撲にまつわる描写のリアルさ。一ノ瀬さんも本物と同じく神事を行い土俵開きをした部屋で、時間をかけて稽古を重ねて力士の体を作っていった。
「撮影に入るずっと前から、そして撮影が始まってからも猿将部屋で稽古を続けていました。そのうち俺は一ノ瀬ワタルなのか、猿桜なのか? 自分と役の垣根がなくなってきて…そういう感覚は初めてでした。そうなれたのは猿将部屋の人たちのおかげ。特に看板力士・猿谷役の澤田(賢澄)さんは元力士で、ケガに泣いて引退した人という…境遇まで猿谷とそっくりで。他の人も元お笑い芸人から会社社長まで背景はいろいろ、だけどみんないい人たち…! その人たちと稽古した2年半はまさに部活動のような時間。苦楽を共にしたことで絆が生まれました」
肉体がぶつかる音、現場を目撃しているような臨場感あるカメラワーク。スタッフチームの熱量も、作品を盛り上げた。
「あのときカメラは俺の目で、音声さんは俺の耳で…監督は俺の心でした。でも監督には近寄りがたかったっす(笑)。俺にとっての監督は、猿桜にとっての四股みたいなもの。監督の宿題は四股の練習並みにクソきつい。時に『こんなこと、せんだって勝てるわ!』って言いたくもなったけど、それを通らずして成功の道はない。いまは愛と感謝の気持ちでいっぱいですけど」
時間も予算も惜しまず、妥協のない環境で作品に没頭する。その体験はこれからの役者・一ノ瀬ワタルのあり方をも変えつつある。
「いままでは元キックボクサーとか外見とか自分自身の特徴で演じる役が多かったけど、最近は役を前にして、一ノ瀬ワタルの消し方がわかってきたんです」
精悍な表情で語る一ノ瀬さんだが、プライベートはウサギをこよなく愛する心優しい人。
「以前ドラマで共演したウサギの“たっちん”を飼い始めたら、もう可愛くてメロメロに…! いまはお嫁さんと子ウサギも増えて8羽のウサギと暮らしてます」
次はどんな作品で世界を沸かせてくれるかも気になるところ。
「純愛モノとかやってみたいすなぁ。これまでは犯罪じみた恋愛が多かったんで(笑)。…でも一番演じたいのは猿桜。いまこの瞬間も、俺の中の猿桜が叫んでるんっすよ。『おい俺まだ生きとるぞ! 早く続きをやらせろ!』って」
『サンクチュアリ -聖域-』
未だかつてないスケールで、相撲界の泥くささを描き切る。
北九州から来た不良少年が力士・猿桜として角界を席巻していく姿を描いたNetflixオリジナルドラマ。時間をかけて本物さながらの肉体を作り上げた力士役の俳優たちや、映画作品を思わせる壮大なセットの数々。相撲部屋の親方を演じるピエール瀧さんをはじめ一癖も二癖もある個性派キャスト、そして大相撲という前人未到の“聖域”的テーマに切り込む江口カン監督の手腕に評価が集まり、グローバルトップ10の非英語部門にランクイン。
Netflixシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」独占配信中
いちのせ・わたる 1985年7月30日生まれ、佐賀県出身。キックボクサーから転身、2009年に俳優デビュー。9月9日から上演するPARCO劇場開場50周年記念シリーズ『ひげよ、さらば』に出演。
※『anan』2023年8月30日号より。写真・高橋マナミ スタイリスト・鹿野巧真 ヘア&メイク・星野加奈子 取材、文・大澤千穂
(by anan編集部)