マンガを愛する人たちの群像劇。
ストーリーは、マンガ編集者の塩澤和夫を軸に進む。関わったマンガ雑誌が廃刊となり、30年勤めた大手出版社を退社した塩澤。一度はきっぱり業界と縁を切るつもりでいたが、マンガへの未練は断ち切れず、自分の理想とする雑誌を立ち上げようと奔走する。
「いつも作品は、奥さんでもあるマンガ家の冬野さほと作っています。ストーリーやキャラクター設定なども二人で話し合いながら作ったり壊したりを重ねて、だんだん人物像が具体化していきます。お世話になっていた編集さんが退職したのを受けて、会社を辞めた中年編集者のその後を描いてみようと思ったのが本作のきっかけでした。編集者を主人公にして描くにあたって、『COMICばく』というマンガ雑誌(※1987年に第15号で休刊)を作った夜久(やく)弘さんという編集さんが書いた本『「COMICばく」とつげ義春』を読んだんですね。夜久さんが素敵で、塩澤のキャラクターのイメージを作るときにとても影響を受けたと思います。塩澤は、マンガ家の立場から思う、理想の編集者像かもしれませんね」
塩澤は新雑誌の執筆陣集めのため自らが「これぞ」と思うマンガ家たちを訪ねていく。そのときに交わされる対話から、各人の創作哲学やマンガ家と編集者の関係性などが垣間見えて、マンガ好きにはたまらない。
2巻では、塩澤の後輩編集者・林と実力はあるが問題児のマンガ家・青木とのやりとりが多く描かれる。こじれていくふたりが起こす変化がドラマティック。
「マンガ家と編集者の相性に関しては『仲が良ければよい』ということでもなくて、たとえば人間的には気が合わなくてもお互いの間に起こる化学変化の結果で作品は上手くいく場合もあって…。面白いところだなあと思います。編集者同士の会話の場面もわりと登場しますが、そこは完全に想像で描いたものを、担当編集さんに読んでもらって、相談しながら作っています」
塩澤が真っ先に口説きに行った長作のようなベテランも、すでにマンガからは離れた元マンガ家も、青木のようないつも不安定な若手も、マンガ家それぞれが「描けない理由」「描くつらさ」などを吐露していく。彼らを見守る編集者にもひとりひとりの思いがある。マンガを愛し、マンガに泣き、泣かされ、それでも離れられない人々の切実さが刺さる。
「マンガを描くことを長く続けていると、作品の人気や自分の体調とは関係なく、突然描く気が失せるようなときがたまにあって。そうしたときには、自分がやる気を失っていることの自覚とその原因を探す作業というのが大事なのですが、なかなか難しいですね」
いつか塩澤の悲願――最高のマンガ家たちによる理想のマンガ雑誌を世に送り出す――は実るのか。
「現実的に考えると、塩澤の本はなかなか完成しそうもないし、流通も苦戦しそう。売り上げも期待できないかもしれないですね。いろんな展開を考えたり話し合ったりしていますが、塩澤という編集者を好きなので、どんな結果になっても応援したいなという気持ちで描いています」
松本大洋『東京ヒゴロ』2 出てくるマンガ編集者やマンガ家は個性派揃い。塩澤が自宅で飼っている白い文鳥も、魅力的な名脇役。本作は『ビッグコミックオリジナル増刊号』で連載中。小学館 1650円 ©松本大洋/小学館
まつもと・たいよう 1967年、東京都生まれ。’87年、講談社「アフタヌーン四季賞」で準入選し、デビュー。国内外でさまざまなマンガ賞を受賞。
※『anan』2022年11月2日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)