眠れない体と生活が問いかける、働くことや生きることの意味。 小説『アンチ・グッドモーニング』

小説『アンチ・グッドモーニング』作者、八木詠美さんにインタビュー。


不眠のさなかは夢も見ないし比喩も浮かばなくて苦しかった

女性ゆえに味わう職場の理不尽にキレた主人公が始めた“偽装妊娠”ライフを描くデビュー作『空芯手帳』は、世界26か国語での翻訳が進行中。八木詠美さんは、現実を一歩ずらした世界から働くことや生きることの違和感を問い続けている、注目の作家だ。本書『アンチ・グッドモーニング』が生まれたきっかけは、八木さん自身のリアルな不眠の悩みにあったらしい。

「私も主人公の野上のように食事を変えたり、運動したり、眠る努力はしたんですが、まるで効果がなくて、『きょうも眠れなかったな』とふらふら仕事に向かう日々。そのころよく聴いていたラジオのナビゲーターは『ご機嫌は自分で作るもの』を決めゼリフにしていて、『そんなふうにうまくコントロールできないのは自分がおかしいのかな』と思うこともありました。一方で、会社が社員の健康云々と言い出したときはだいたい生産性がセットになってくる。睡眠改善グッズの広告にもよく“眠りの質を上げて明日のパフォーマンスを高める”という言葉がありますが、本来、自分のためであるはずの睡眠が、社会に貢献するための手段へとすり替わっていく不気味さ。もちろん健康には働きたいけれども、その目的が会社や社会に回収されるような息苦しさみたいなものは、実際に会社員として働いている中で感じることがありました」

執筆中に腐心したのは、野上をどんな人物と出会わせ、物語を進めていくかだったという。

「彼女は在宅勤務が多いので、リモート画面上の人以外と触れ合う機会が少ない。なので、オンライン講座の講師としてよく顔を見る出冬覚(いでふゆ・さとる)や、睡眠の質を高める乳酸菌飲料の訪問販売員で来てくれる飯沢(めしざわ)などに、野上が見ている現実や幻想へ侵食してきてもらいました」

終盤、彼らが野上とどう関わるかのハラハラを、ぜひ見届けてほしい。幸い、不眠は快復したそうだ。

「私はわりと小説を書くときに、ひとつ比喩が出たら畳みかけるように次の比喩が出てくるタイプで、それ自体を物語の原動力にしていたんですね。夢で見た不思議なことも創作のヒントになっていました。なのに、不眠のさなかは夢も見ないし比喩も浮かばなくて苦しかった。眠れるようになったら、その特性が戻ってきたのでよかったです」

Profile

八木詠美

やぎ・えみ 作家。1988年、長野県生まれ。早稲田大学卒。2020年、「空芯手帳」で太宰治賞を受賞。先日、初の中編集『ささやかな、あるいは取り返しがつかないもの』(筑摩書房)を刊行。

information

『アンチ・グッドモーニング』

不眠を改善しようと努力しているのに報われない、会社員の野上。彼女の疲弊した意識は、やがて現実と幻想の境界を揺らがせ始め…。

河出書房新社 1870円

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写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子

anan 2510号(2026年9月2日発売)より
Check!

No.2510掲載

自律神経ケア。

2026年09月02日発売

連日の猛暑にゲリラ豪雨や台風など気候の変化も相まって、夏疲れで限界寸前なカラダをリセットするためには、不調の源である自律神経の乱れを整えることがマスト。自律神経を調整するツボ押しやレシピなど、今日から始められるメソッドを様々な視点から紹介します。

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