母性信仰で分断される女性たち、本当の敵は? 小説『乳房のくにで』

2020.12.3
深沢潮さんの『乳房のくにで』は、古色蒼然とした母性信仰や母乳信仰という価値観をはさみ、対立する女性たちを追う物語。根底にある「母とは」「母性とは」は、女性であれば誰もが、人生で何度も向き合わざるを得ないだろう問いだ。

母性神話や母乳神話で分断される女性たちが、ある真実に気づくまで。

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男性に裏切られ、シングルマザーとなった福美。乳飲み子を抱え貧困に喘いでいたが、〈ネットワーク・ナニィ〉という母乳を仲介する活動をしている廣瀬と知り合い、ある代議士一家の乳母として雇われることになる。その家に嫁いでいたのは、小学校時代に福美をいじめていた奈江。そして奈江の夫は、福美が淡い気持ちを抱いていた秀人だった。

「福美は母乳が有り余るほど出るけれど、育休中でキャリアアップの勉強もしているという奈江には〈おっぱい飲ませているだけのあなたとは違う〉と言われてしまう。一方、奈江は母乳が出ないので、義母から母親失格の烙印を押されています。自分も母乳をあげているときは幸せでしたが、出ても出なくても苦しむというのはおかしな話。いま女性たちはとても分断されていますよね。専業主婦と働く母親、中央と地方、子どものあるなし…。その小さなグループごとに“これが普通”があり、そこからはみ出すと軋轢が生まれる。女性たちの生きにくさにつながっているように思います」

本書が素晴らしいのは、ただの対立の物語になっていないからだ。福美と奈江は、やがて自分たちが抗うべき本当の敵が何かを知る。その象徴として描かれるのが、奈江の義母である千代だ。

「『いまどきこんな姑はいないのでは?』という反応もあったんです。でもマインドは現代にも生きていますよね。実際問題、千代のような考え方をしている人が国を動かす権力側にいますよ、ということをわかってほしくて、あえて濃く書いたところがあります。男性あっての女性という“アフターユー”の価値観を持つ人の、一種のメタファーです」

家父長制が女性に押しつけてくる役割を、個人だけで乗り越えるのは不可能だ。

「社会構造そのものを変えるために、女性たちは共闘していくことが必要だと思うんです」

そんな気づきと祈りが、ひしひしと伝わってくる。

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ふかざわ・うしお 作家。東京都生まれ。2012年「金江のおばさん」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。受賞作を含む『ハンサラン 愛する人びと』(文庫版『縁を結うひと』)でデビュー。

『乳房のくにで』 母乳が出る出ないで、これほど存在価値が左右されるのは恐怖でしかないが、母親たちは現実にそれで一喜一憂する。問題提起の書でもある。双葉社 1600円

※『anan』2020年12月9日号より。写真・土佐麻理子(深沢さん) 中島慶子(本)インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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