橋爪功「唯一無二だなって役者の人を何人も見てきたから、俺は全然足りねぇなって思うんだ」

日本を代表する名優と言って間違いない。でも、そんな権威も貫禄も必要ないとばかりに舞台を軽妙に駆け回り、取材では皮肉とユーモアを振りまく、橋爪功さんという人は──。

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    カメラを向け、シャッターを切ること数回。「もう撮れてるでしょ」「まだです」「そんなに何枚も撮っても変わらないよ」「もう少しお願いします」…。

    撮影時に我らスタッフとのそんな攻防も交わしつつボヤきながらも、こちらのお願いに対応してくれた橋爪功さん。

    ── 写真、お嫌いなんですか?

    橋爪功(以下、橋爪) 大嫌いだよ。

    ── 取材は大丈夫ですか?

    橋爪 嫌だったら帰ってるよ。しょうがないよ。頼まれたんだから。

    ── ありがたいです(笑)。現在、NODA・MAPの舞台『華氏マイナス320°』の稽古中ですが、これまでも野田秀樹さんの舞台に何作も出られていますね。

    橋爪 あいつとは腐れ縁みたいなもんだから、頼まれたら「しょうがねぇな」と言うしかないんだよ。

    ── それでも、野田さんとのお仕事は面白いわけですか?

    橋爪 出来上がりは面白いですよ。でも稽古しているのは何も面白くないよ。長いし、くどいし、だから早くやめたいって思ってます。

    ── どんな感じで稽古されているんでしょう?

    橋爪 お互い悪口を言い合ってます。

    ── 最初に野田さんとやられたのは1986年の『野田秀樹の十二夜』だったと思うのですが、出演したのはなぜでした?

    橋爪 たぶんあいつ、俺のこと知ってるふりしてたけど、知らなかったと思うんだよ。ただ俺は、どういう芝居を作ってるかは知らなかったけど、野田秀樹って名前は知ってて。地下鉄の駅で会ったとき、「出てくれ」って言うから「いいよ」って言っちゃったんだよ。

    ── 当時の野田さんは、劇団 夢の遊眠社を主宰して、小劇場ブームを牽引している存在でしたが。

    橋爪 あんまりそういうのは気にしないんだよ。本人と気が合えば。

    ── じゃあ気が合ったんですね。

    橋爪 というか、なりゆきだよね。

    ── 最初の印象はどうでした?

    橋爪 覚えてないよ、そんなの。ただ、ふたりとも小柄だし、出てくるだけで場が持つような役者とは違って、動いてナンボ、喋ってナンボ、馬鹿なことをやってナンボって感じだから、ある種芝居が似てたんですよね。だからこっちが好き勝手芝居しているのを、野田も好き勝手演出してて、それが面白かったんじゃないの?

    ── 橋爪さんは、西洋の翻訳劇を中心に上演してきた新劇の劇団出身で、小劇場の野田さんとは…。

    橋爪 新劇って言ったって、そんな柄で売ってる役者でもないからさ。文学座の先輩の芥川比呂志さんから「お前はちょこちょこしてて軽業師みたいだな」って言われてましたけど、野田もそうじゃない? 極端なことを言えば、悲劇を背負って出ていく役者じゃないんですよ。

    だから最初はお互い相殺するかと思ったんだけど、その後に『し』っていう二人芝居をやったときに、お互いに好きにやって、それから仲良くなった…というか。あいつの演劇観が気に入ったし、向こうも自分みたいな変な役者がもうひとりいて、使えるなってなったんじゃないの?

    ── 野田さんの作る舞台に対してはどんな印象を?

    橋爪 やってることがいつもデタラメだからね。

    ── でも、デタラメなようで、社会への批判だったり反戦だったり、深いテーマが幾重にも折り重なっているのが魅力ですよね。

    橋爪 ワケわかんないんだよ、野田の芝居って。すごくファンが多いわけじゃない? 観客がすごく笑ったりなんかしてるけど、やってる側がわかってないからね。こうやってくれって言われるからやってるだけで。周りが、セリフに二重の意味があるとか、じつはここにはこういう意味が隠されているとか言うけど、ほんとにそうなのかなって半信半疑。あれ、ほんとにわかってる人、いるのかね。

    ただ、演劇というかお芝居って、大抵そういう誤解のうえで成り立ってるもので。お客さんって、雰囲気で観るとか、好きな俳優が出てるから観るとか、誰かに薦められたから観るとか、そういう何気ないきっかけで足を運ぶんだと思うんだ。で、観ているうちになんとなく野田の持っているリズム感に、ある種共鳴しちゃって、それを面白いって思っちゃう。そういう目くらましみたいな魅力が、野田の作品にはあるんじゃないですか。

    ── 橋爪さんは、野田さんに意味を聞いたりはされないんですか?

    橋爪 聞かないよ。そんな時間がもったいない。俺はそれほど頭のいい役者じゃないから、理解なんて必要なくて、「それいいね」って言われたものをやるってだけ。たまに、真面目な…突き詰めていく演出家もいるから、そういう場合は、それなりに付き合いますけれど、根本的な態度は一緒です。

    演じるのは楽しくないよ。恥をかくことばっかりで

    ── 橋爪さんが面白いと思うお芝居ってどういうものですか?

    橋爪 ないね。だから自分は役者に向いてないと思ってる。俺は「こんな役を演じるから観に来てくれ」って切符を売りつけたりするような恥知らずじゃないから、観なくていいよって思ってます。

    ── でも切符が売れないと公演が成立しないわけで…。

    橋爪 本当は誰も来てほしくないし、来なくてもいいと思ってる。ひとりでその気になって芝居やってるなんて、役者にとってそんな面白いことねぇだろうって。

    ── それでも観に来る人はいる。

    橋爪 やっぱり変わり者って世の中にはいるんだよね。「何言ってるのかわかんないけど面白いよ」っていう人がね。でも基本的に俺は関西人だし真面目じゃないから、真面目に自分をアピールする気はさらさらないんだよ。できれば俺は人の陰に隠れて、ペロッと舌を出しているようなスタンスで人生を生きていたいっていうか。

    俺が一番言われて嫌なのが、関西弁の「お前、何イキってんねん」。その気になってやってるときに、これ言われたらシュンとしちゃう。過剰反応しちゃうのが、大阪人の典型なんだよね。そんなだから、いいって評価されても信用できないし、悪いって批判されても信用しない。楽に生きたいの、人生を。真面目になんか言うと責任が伴うから嫌なんだよ。…ねぇ、もうそろそろいいんじゃない?

    ── いやもう少し聞かせてください(笑)。観られなくていいと思っているのに、なぜ俳優をやろうと思われたんですか?

    橋爪 最初に入った文学座ってところは、ディレッタント(好事家)の世界で、万人に受けるような芝居はやらない。そういう中で育ったっていうのもあって、俳優さんもみんな趣味性が強くて、観客にわかってもらわなくていいって思っているような人ばっかりだった。みんな勝手に芝居してるから、お客がわんさか来ないのよ。

    ── それでも楽しかったから続けてこられたんですよね?

    橋爪 楽しくはないよ。楽しいって言う人、いないと思うけどね。苦しいし、恥をかくことばっかりで。…まあ、たまにありますけど、そう思うときはその気になってやってるだけで、大抵失敗です。

    ── では続けてこられたのは?

    橋爪 こういう言い方は変だけど、ほかに面白いもんがなかったんだろうね。あと、面白い人にたくさん会ったってこともあると思う。

    ── では、おやりになりたいお芝居というのはあるんですか?

    橋爪 たまに聞かれるけど、ないんですよ。ただ、はっきりしてるのは、主役がやりたくない。さっきも言ったけど人の陰に隠れていたいんです。舞台上でその気になりたくない。「何イキってんねん」って声が聞こえてくるんだよ。役者なんて辞めちゃえばいいんだけど、他にやることないんでね。

    人がびっくりする顔を見るのが好きなんですよ

    ── 文学座に入られたのは、お芝居が好きだったからですよね?

    橋爪 役者をやりたいと思ったワケじゃないんだ。芝居に関わっていられればなんでもよかったの。高校で東京に出てきて、途中から芝居に関わるようになっちゃって、そうしたら、どこの大学入って、どこに就職して…みたいなことから目を逸らしていられたんだよね。

    ── 現実逃避ですか?

    橋爪 現実逃避はさ、見たくない現実がちゃんとあるけど、俺の場合はそれもなくて。要はぼーっとして生きていられればいいって思ってたの。そんなんで文学座に入ったから、当然のごとく俳優としては下の下。ただ、スポーツはできたから体は利くわけ。そういうヤツが役者にひとりくらいいてもいいんじゃないかっていうんで、採用してもらったんだと思ってる。当時、文学座に野球部があったんだけど、負けが込んでたときに、まだ研究生だった俺が活躍したっていうのも大きかったと思う。

    ── そこから、数多くの賞を受賞する俳優になられたわけです。

    橋爪 そこそこ動けたし、声もわりと出るほうだからね。できて当たり前って天狗になってた時期もあったと思うよ。でも、そんな気持ちはすぐになくなったよね。やっぱり、唯一無二だなって役者の人を何人も見てきたから、俺は全然足りねぇなって思うんだ。

    ── 世間の評価は…。

    橋爪 ねえよ、そんなもん。ただ、大阪弁でローラースケートで走りまくった『スカパンの悪だくみ』は愉しかったな。ラストは風船で飛んでいなくなっちゃうしさあ! お客さんも大喜びだよ。うふふ。

    ── 好きな俳優さんというと?

    橋爪 田村正和さんは好きだったね。スターで、自分とは違う次元の俳優だと思うけど。家も近かったから親しくさせてもらっていて、何度もピンポンダッシュしてさ。

    ── 驚かせたい人なんですね。

    そうかもね。だから写真撮られるときもさ、「2枚で終わり」とか言うんだけど、そこで相手がびっくりして「なんで?」って表情するでしょ。そういう顔を見るのが好きなんですよ(笑)。

    Profile

    橋爪功

    はしづめ・いさお 1941年9月17日生まれ、大阪府出身。文学座を経て、その後演劇集団 円の旗揚げに参加。舞台のほか映像作品でも活躍。2019年の舞台『Le Père 父』で菊田一夫演劇賞、読売演劇大賞を受賞したほか、'21年には旭日小綬章も。最近の出演作に、ドラマ『団地のふたり』、舞台『飛び立つ前に』などがある。

    information

    『華氏マイナス320°』

    橋爪さんが出演する舞台、NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』は、4月10日~5月31日、東京芸術劇場プレイハウスにて上演。その後、北九州、ロンドン、大阪公演も。

    作・演出は野田秀樹。共演に、阿部サダヲ、広瀬すず、深津絵里、大倉孝二、高田聖子、川上友里、橋本さとし、野田秀樹ほか。https://www.nodamap.com/kashi/

    写真・樽木優美子 スタイリスト・神恵美 インタビュー、文・望月リサ 衣装協力・ヨーガンレール

    anan 2491号(2026年4月8日発売)より
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    No.2491掲載

    人間関係強化塾 2026

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    オンラインでの人間関係、オフラインでの人間関係…様々な関係性が入り組むいまの時代ならではのより良い人間関係のための指南書。最新の会話術、いまどき上下関係マナー、メイク・ファッションによる印象操作術を紹介。

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