5歳の少年がつかんでいく生の感触。喪失という体験に光を当てる。
最新刊『あのころの僕は』は、母親の葬式に参列している5歳の〈僕〉こと〈天(てん)くん〉の記憶の断片から始まる。彼は母と死に別れ、4つの家を行き来して過ごしている。おもちゃやパジャマ等はそれぞれの家に用意され、〈母親がいなくなった空白に流れ込むようにして〉あふれるほど愛を差し出される〈僕〉の、落ち着かない日常と戸惑いが綴られていく。
「彼は、母親がいなくなって何が起きているんだろうと必死で理解しようとする。かつ父親の顔色を見てふるまいを定めたり、叔母や祖父母などの家をぐるぐる回っても聞き分けています。けれども本人ですらつかみきれていないレベルで感じているだろうもやもやは、作者の僕もすべてわかるわけではなくて。なので、彼の内で渦巻いている何かを尊重して書きたいとは意識していました。同時に、子どもに何かを与えることで喪失を埋めたことにして自分を保とうとする大人たちが大勢いて、そういう景色は、子どもにとっては重いだろうなとも感じていましたね」
そんな天くんがイギリスからの転入生〈さりかちゃん〉に心を寄せたのは、自分と同じように〈つぎからつぎへと差し出される〉親切や関心に戸惑っている心情を感じたからだ。さりかちゃんの母親が作ったサンドイッチ弁当や、ふたりで遊ぶロールプレイングゲーム…他愛のないイベントも、〈僕〉が世界を理解するための手がかりになる。
「あれを初恋と呼ぶ人もいると思いますが、彼にとってさりかちゃんは自分と近い境遇の、でも自分より何段階も力強く世界を生きている先生でもあるし先輩でもある。他者と同期したい気持ちがこういう形で出てきたのかな、という気がしますね」
本書も小池さんの小説の大きなテーマである喪失が描かれてはいるが、これまでにない明るさも感じる。
「大人は過去をくよくよした目で見がちで、後悔を見つけ出したり嘆いたりする。そうやって喪失や別れの体験を自分なりに納得させていくのだろうと思いますが、子どもは喪失から出発して、生き始めます。その一歩一歩の歩みが大人からするとたくましいし、まぶしい。そんなところが伝わればうれしいですね」
『あのころの僕は』 母親を亡くしたばかりの少年の話で、直接的に母親を思い出す場面がこれほど少ない小説は稀有。「それでも母親がいた世界と彼がつながりを持っていると感じる場面が書けたのがうれしいです」。集英社 1760円
こいけ・みずね 作家。1991年、東京都生まれ。2020年「わからないままで」で新潮新人賞を受賞。「息」は三島由紀夫賞候補作。同作を表題作にした初単行本『息』は野間文芸新人賞候補に。
※『anan』2024年10月9日号より。写真・森山祐子(小池さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)