70年以上前に消えた少女を探す旅。時空をつなぐ美しきシスターフッド。
主人公は、25歳の日本語教師サチコと、2歳年下の在日コリアンのジュリ。日本社会に生きづらさを感じて台湾に移り住んだふたりは、ある日、骨董品のトランクから、〈秋子〉という少女の日記を見つける。書かれたのは1941年、日本が台湾を植民地支配していた時代だ。
青波さんは、近代の遊郭における労働問題の女性史研究者でもある。
「昔の手記や新聞などをたどって史実をつかんでいく歴史研究の面白さを応用したというか、ジュリたちに託してみました。もし秋子が学業優秀な女学生だったなら、戦時中はもっと皇国少女的な文章を書くでしょう。自由な感性を持つ秋子にも実は日記に書けなかった言葉がある。その言葉を探りあてていくのも大きなテーマでした」
日記には、朝鮮人の女友達の白川さんや台湾人のお手伝いのメイファさんの話も。そんな文面に、直感的に感じる何かがあったのだろう。ジュリは彼女のその後を調べ始める。
「ジュリが感じている閉塞感は、たとえばセクシュアリティの問題などサチコが感じているのと重なるものもあるけれど、やっぱり差別の問題では日本人と在日コリアンでは見えている景色が違うように思います」
やがて、秋子はある青年と日月潭という美しい湖を訪れた後、消息不明になったことがわかる。事故か事件か。真相を調べる現代パートと、日記が語る過去パートとを行きつ戻りつ、物語は思いがけない真実へ。
「僕自身も日本の生活に行き詰まりを感じて、廈門(アモイ)で日本語教師をしていたことも。台湾は旅行者として行ったぐらいですが、台湾の風光明媚さや台湾らしい暮らしぶりはなるべくリアルに織り込みたかったんですね。また、日本の旧植民地では、終戦後、より過酷な状況をたどった国もある。そんな歴史が現代と地続きであることもフィクションを通してちゃんと書きたいと思いました。国内には当時の台中市街の資料があまりなく、当たりをつけて書き上げた後で、実際に現地を訪ねて修正を重ねました。向こうで見つけた台中の歴史散歩本が参考になりましたね」
秋子の消息を追いかけていく過程で、少しずつ己を理解し、成長していくサチコやジュリがまぶしい。
『日月潭(にちげつたん)の朱い花』 現在と過去と、日本、台湾、イタリアと。各情景が目の前に浮かぶように鮮やかに描かれていて、ロードノベルのような趣も楽しめる。集英社 2200円
あおなみ・あん 作家。1976年生まれ、東京都出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。2022年、日本占領下の中国・廈門が舞台の『楊花の歌』で、小説すばる新人賞を受賞。
※『anan』2024年9月11日号より。写真・大槻志穂(青波さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)