「思い出した順にマンガにしていったので、子ども時代の話も大人の反抗期のころの様子もあって、わりと時系列がバラバラになってしまいました。その分、私が両親からどんなふうに影響を受けたかが伝わっていたらいいなと思います」
性格は正反対なのに、金婚式を越えても仲がいいというご両親の睦まじさはもちろん、子ども時代の山本さんが甘えん坊ぶりを発揮するエピソードも微笑ましい。
たとえば、第10話の「温泉とサラミ」は、子どものころに両親と車で温泉に出かけた、雪が降る日の思い出だ。パーキングエリアの自販機で買ってもらったカップラーメンのおいしさや、帰り道で寝たふりをして家までおぶってもらった幸福感…。思わずほっこりしてしまう。
「お風呂に入るときには、必ず父についていきました。父は常に食べ物を隠し持っていたので(笑)、それ目当てに。ハムとかサラミとか、母だと『体に悪い』となかなか食べさせてくれないものをこっそり分けてくれるのが楽しみで」
自分のことよりも家族に献身する〈よしえ〉は、典型的な昭和の母、というイメージ。
「将来を考えなさいという母の心配が、10代のころはイヤでしかたなかったんです。大人になったいまはわかりますが。とはいえ、母の言うことを全部受け止めるのもしんどいので、そこは父のように受け流す合気道的な知恵が母のいちばんの対処法なんだなと。父から学びました」
そんな母は、実は山本さんのいちばんの応援団かもしれない。
「連載していた文芸誌を毎月買って、チェックしてました。『こんなこと描いて恥ずかしいでしょ』と言いながら、『お父さんがこの前こんなことしたのよ』と結構ネタを提供してくれましたね。マンガにしても面白くない話が多かったですが…(笑)」
家事を全部ひとりで担っていた母。気になった新製品なら、値段は二の次で買ってしまう父。
「いまだったら、ツイッターに上げた途端に炎上しそうです(笑)。でもそういういくつものバランスで、うちの家族はできていたのだなとあらためて思いますね」
山本さほ『てつおとよしえ』 自伝的作品『岡崎に捧ぐ』では描ききれなかった著者の家族にフォーカスした、ファミリーヒストリー。極端なところもあるけれど、すべては愛情の裏返し。新潮社 1210円 ©山本さほ/新潮社
やまもと・さほ マンガ家。1985年生まれ。2014年、幼なじみとの友情を描いた自伝的作品『岡崎に捧ぐ』でデビュー。『きょうも厄日です』等、著書多数。
※『anan』2023年7月12日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)