新作歌舞伎にしてほしい! 艶やかな仇討ちエンターテインメント。
「歌舞伎を土台にしたミステリーは役者を中心に描かれることが多いのですが、私はずっと舞台裏の話を書いてみたいと思っていました。それが、本書の仕掛けにもうまくハマると思ったんですよね」
語りを務めるのは、仇討ちの一部始終を目撃したという面々だ。木戸芸者の一八(いっぱち)、立師(たてし)の与三郎、衣装係で女形のほたる、小道具職人の久蔵と妻のおよね、戯作者の篠田金治…、エピソードの数々をリレー形式で聞くうちに、読者の中では次第にある疑問が膨れ上がる。菊之助は、心の底では仇討ちを望んでいなかったのではないか。その理由は何か。にもかかわらず、決行したのはなぜか。
「事件をめぐり、それぞれがどう関わり、何をどのぐらい明かしていくかについてはバランスを見ながら考えました。ただ、彼らの半生については、私も、しゃべらせてみて初めてわかった部分もありましたね。たとえば一八は、吉原の中で生まれた男です。吉原に生きる女の生きづらさとも違う苦悩があるのだなと。小道具職人の久蔵とおよねの夫婦は、夫があんなに無口だとは思わず、話し好きな妻にしゃべってもらえてやっと詳細が見えてきたり」
薄衣に包まれていた真相が明かされたときの驚きもさることながら、「悪所」とされた吉原や芝居小屋で懸命に生きてきた彼らが訥々と語る人生模様が胸を打つ。そこには、身分や職業、女性やジェンダーをめぐる差別の問題があるからだ。時代小説ではあるが、現代にも通じる温かなメッセージが内包されている。
「私は辛い話を現代小説で読むと、過剰に感情移入してしまうので、少し現実と距離がある時代小説の方が気楽に想像して楽しめるんです。でも、江戸の社会システムは、調べれば調べるほど今に似ているところもある。そこで生きた人々の物語を考えるのは、今を考えることにも通じて、面白いです」
『木挽町のあだ討ち』 大叔母の影響で立ち回りをワークショップに参加し学ぶこともあるほど歌舞伎ファン。落語や能も愛する永井さんの古典芸能知識も活きている。新潮社 1870円
ながい・さやこ 1977年、神奈川県生まれ。2010年「絡繰り心中」で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。2020年刊行の『商う狼―江戸商人 杉本茂十郎―』は細谷正充賞や新田次郎文学賞ほかを受賞。
※『anan』2023年2月15日号より。写真・土佐麻理子(永井さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)