現代、江戸、平安…時空超えた恋を描く『三度目の恋』 セックス観の違いも

2020.11.23
主人公の〈梨子〉は、子ども時代に運命の男性と出会った。ひとりは、のちに夫となる〈ナーちゃん〉こと原田生矢。もうひとりは小学校の用務員だった高丘さん。結婚後も他の女性との関係を続ける夫との生活に疲れ、梨子の意識は、夢の中でふたつの時空の恋に生きる。川上弘美さんの『三度目の恋』は、現代、江戸、平安を行き来しながら、恋愛の底知れなさに触れるような物語だ。
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「この小説を書く2年前に伊勢物語を現代語訳したのですが、その時在原業平の周りの女たちは本当のところ何を感じていたんだろうと考えていました。その疑問を解くために『もし現代に業平みたいな男がいたら』と想像し始めたのですが、現代の価値観からすれば、妻と同じくらい他の女のことも大事にしてしまう男って、あまり魅力的ではないんですよね」

そこで、平安時代の女房や江戸時代の花魁(おいらん)など、現代とは異なる時代の目や別の文化で育った目にはどう映るのかを考えてみたのだという。

「彼女たちの視点と現代の視点を重ねることができたら、業平という人間に対する認識も深まるんじゃないかなと思ったんです」

暮らしの違いだけでなく、時代によって変わる恋愛観の違いやセックス観の違いなども浮き彫りになる。

「たとえば、平安時代は一夫多妻で女系家族というのは資料としては残っているのですが、そういう境遇にいる女たちの気持ちは、小説家である私が想像するしかない。なので、現代の自分が考えているいろいろなことが投影されていると思います。女として置かれている状況や男女の関係性など、異質の文化の中で考えることによって、かえって現代のことがわかる。そういう感じがあったのは書いていて面白かったです」

梨子の相談相手であり、夢の中では華麗な恋もする高丘さんとの関係は物語が進むにつれ、より親密に。

「高丘さんは、権力争いに負けて廃太子となった高岳親王を重ねた人物です。実は業平の叔父。高丘さんはこれまで書いてきた中でいちばん大好きな男性だけど、恋愛相手としては人間が大きすぎて、ついていけない気持ちになるかも(笑)」

三度目の恋が意味するものを、本を閉じても考えたくなる。

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かわかみ・ひろみ 作家。1994年に「神様」でパスカル短篇文学新人賞を受賞し、デビュー。’96年に『蛇を踏む』で芥川賞、2001年に『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞受賞。’19年に紫綬褒章受章。

『三度目の恋』 『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集03』(河出書房新社)で「伊勢物語」の現代語訳を担当したことも、本作創作のきっかけだったとか。中央公論新社 1700円

※『anan』2020年11月25日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)