名だたる俳優たちがこぞって出演を熱望する、演劇界のトップリーダー・野田秀樹が抱く次なる展望とは。
’03年、舞台『オイル』で、石油の利権と国獲りの物語を重ね合わせて描いたすぐ後、イラク戦争が勃発。’11年には火山噴火を題材に盲信の怖さを描いた『南へ』の公演中に東日本大震災が発生し、原発事故が起きた。世の中の不穏なムードをいち早く察知し、演劇という形で世間に警鐘を鳴らしてきた野田秀樹さん。新作『足跡姫~時代錯誤冬幽霊(ときあやまってふゆのゆうれい)~』の上演を前に、いま何を考え、何を作ろうとしているのか。
年をとると華は失われる。でもその残酷な部分が芝居のモチーフに繋がる。
――まずは、次回作『足跡姫』について伺えますか? 盟友だった歌舞伎俳優の故・中村勘三郎さんのために書いたとのことですが。
野田:オマージュというか、勘三郎さんが喜びそうなものを書いたんです。江戸時代の話で、俺の作品だとまた時空があちこちに飛ぶんだろうと思われそうですが、そこからどこにも飛ばないってことで意表を突くっていう(笑)。…そういうことも、僕としてはあんまり喋らないほうがいいんだけれど。
――とおっしゃるのは?
野田:観に来る人にとっては、まったく情報がないほうがいいんじゃないかと思うんだよね。いまの時代、皆、宣伝しすぎなんだよ。とくに映画なんかだと、一番面白い部分を予告で見せちゃうでしょ。演劇は、劇場に足を運んだ人たちだけが味わえる贅沢なんだから、演劇だけでもそこは守ってもいいんじない? なるべく前情報を出さないほうが、ハラハラしたり驚いたりしてもらえると思うんです。でも、いまがそういう時代じゃないこともわかっているんだけど。
――『足跡姫』というタイトルが考えれば考えるほど意味深で…。
野田:そうね。だから、エラそうに言うと、この題名からお客さんが何年、舞台『オイル』で、石油の利権と国獲りの物語を重ね合わせて描いた’03かを感じてくれることを期待している、って感じかな(笑)。まあ、さわりだけ話すと、今回は歌舞伎の始まりの頃の話にしようと思っています。歌舞伎は、もともと歌と踊りだけで筋(物語)がなかったんですね。そこにどうやって筋が入ってきたのか、ということで展開していく作品です。筋について書くわけですから、今回はお客さんが物語に確実についていけるような作り方をしています。
――それは、わかりやすい作品になっているということですか?
野田:これまで僕は、あまりそういうことをしない作り方をしてきたんですが、今回は、先に計略をバラして、そこから何が起きるかを楽しませる、偉そうに言えばシェイクスピア的な手法をとっています。かつて勘三郎さんと一緒にやった歌舞伎『研辰(とぎたつ)の討たれ』もそうなんだけれど、お客さんを絶対においていかないやり方で書いていて、それを“わかりやすい”というならば、そうなのかもしれない。ただ、十分わかりにくいところもありますよ(笑)。
――野田さんの作品というと、テーマが重層的で一筋縄ではいかない難解なものが多いです。ただ、最近は比較的テーマがわかりやすい方向になっているように感じます。それは以前に比べ、野田さん自身の観客に伝えたいという思いが強くなっているのでは、と勝手に推察しているんですが。
野田:たぶん、意識せずにそうなっているんだよね。若い頃みたいなぶっとんだ作品はもう書けないの。先人たちを見ていると、あんなに才能があった人が、この年齢になるとこれくらいなんだって思うことが多くて、人間って年をとるといいものが書けなくなってくるんじゃないかって、毎回ヒヤヒヤしながら書いています。自分はそうじゃないと思いたいけれど、人間って自分に起きてることには気づかないからさ。それは俳優も同じで、年をとって味が出るなんていうけれど、やっぱり華は失われるわけで、それは我々の仕事の残酷な部分。そこは今回の芝居のモチーフにも繋がることだけど。