嫉妬、所有欲、女性の感じている身体性…生々しく濃密な描写に引き込まれる『煩悩』

エンタメ
2023.12.27
5年の歳月を経て完成した破壊的青春小説『煩悩』について、作者の山下紘加さんに話を聞きました。

あの子こそが自分を惑い悩ませる、〈煩悩〉そのもの。破壊的青春小説。

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「この小説の核になるようなアイデアが最初に浮かんだのは、24歳くらいのときでした。ヒントになったような人もいるんです。親友とも、同性への思慕みたいなものとも違う無二の存在。言葉にした途端に消滅してしまうような、どんな言葉にも当てはまらない関係性を書いてみたいと思いました」

それから、年に1度くらい書いては消し、書いては消し、を繰り返してきた。『煩悩』は、山下紘加さんの中で5年の歳月を経て熟成し、やっと完成に至った特別な一冊だ。

語り手の涼子は、中学時代から何かにつけ、同い年の安奈と一緒にいることを望んだ。やや男性嫌悪がある安奈は涼子を頼り、涼子は安奈を庇護下に置きたがる。だが、社会人になった安奈に恋人ができ、男の存在が安奈に何らかの影響を与えているのが見えてくると、涼子はそのことに苛立つようになり…。

「安奈は涼子に対してずっと明け透けだったのに、特に男性関係について追求してもはぐらかすようなことが増えていきます。女の子たちは年頃になったら恋愛してセックスしてなんとなくの通過儀礼を経て汚れていく、そんな感じに拒否感があるんですよね。涼子の中には、安奈だけは聖域に置いておきたい気持ちがあったのかもしれませんね」

生々しく濃密に描写される、嫉妬や所有欲といった感情のうねり。脱毛、月経、経血、性行為といった、女性ならではの身体性を抱えながら生きるリアリティ。

「この作品では、これまで以上に、実感のある言葉しか使ってないというか。私が過去のどこかで味わったり思ったりしたものだけを言葉に置き換えていきました。自分でも思いがけずあふれてきてしまって、文字を打ち込む速度が追いつかないみたいな…。特に回想の部分では、そのまま句点でどんどん書き継いでいく文章になりましたね」

そんなリズムに乗せられ、息を詰めるように読んでしまう。

「大切すぎるから、何か外の力で壊されるのは我慢できない気持ちはあったのかな、と。時間が経てば痛みは和らぐとしても、自分が何をしたかは忘れられないと思うから、涼子はその破壊衝動がもたらした後悔を抱えて生きていくんでしょうね」

〈煩悩〉というタイトルが、いつまでも胸の中でこだまする。

山下紘加『煩悩』 女性読者なら一層ビビッドに感じ取れる描写の巧みさにも注目。3Dイラストで描かれた落下していく蝶が美しく、カバーも目を引く。河出書房新社 1760円

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やました・ひろか 1994年、東京都生まれ。2015年「ドール」で文藝賞を受賞し、デビュー。前著『あくてえ』は芥川賞候補になった。他の著作に『クロス』『エラー』がある。

※『anan』2023年12月27日号より。写真・土佐麻理子(山下さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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