本当に強い人は自分の弱点を受け止められる。
戸次:今、心がモヤモヤしたり、繊細な人が増えているんですね。僕は、周りからメンタルが強めだと言われますが、母の死をきっかけに強くありたいと思って行動してきたからだと思います。当時はすっごく辛かったし、今も寂しい。でも、その経験をしたことで、辛いことがあっても「あの時に比べたら」と落ち込まなくなりました。
山根:日本では、“いつも頑張っていてポジティブ!”みたいな人が強いと思われがちですが、それは誤解です。自分の弱い部分と強い部分の両方を受け入れ、ありのままでいられるということが、心理学的には強いと考えられています。戸次さんは辛い経験から目を逸らさず、その上でどう行動するかを考えて実践している。強いし、地に足がついているなと思います。
戸次:ネガティブな部分を認めることが大事なんですね。
山根:自分の弱点や嫌なところを隠して強くふるまおうとすると我慢につながり、心が折れやすくなります。ネガティブとポジティブの中間にある心の針が、状況に応じて左右に振れている状態が望ましい。どちらか一方に振り切れると、辛いとか疲れたと感じます。弱音を吐けるのも強さです。
戸次:それでいうと、僕、妻や友人にすごく愚痴るんです。ストレスが発散できるし、自分のことが客観視できるので、八方塞がりに思えた気持ちが楽になる。そういう相手がいる人は、辛いと感じていることを思いっきりしゃべってみるといいと思いますよ。
山根:愚痴ること=悪いことだと思われがちですが、自分の本心を口にして認めることは大事な作業。たとえば、今、「マスクをつけたくない」とは言いづらいですが、一度口にして、自分の気持ちを受け止める。そのあとに「でもしょうがないよね」とマスクをつけると、心のモヤモヤは減少します。
戸次:それ、やってました。最終的にマスクをつけるという行動は変わらずとも、思いを吐露することでストレスが和らぎましたね。
現代人は不確実なことへの耐性が弱い。
戸次:マスクの話が出ましたが、やはりコロナ禍であることも、心が繊細になる人が増えている要因になっているのでしょうか。
山根:いろいろな理由が考えられますが、現代人が不確実な物事に耐える力が弱いということが、一つの要因としてあるように思います。今は、わからないことや目的地への行き方など、気になることはすぐに検索でき、答えが見つかる時代。わからないことをそのままにしておくということに、私たちは慣れていません。そんなところに、研究者でもわからないことの多い新型コロナウイルスという、ものすごく不確実なものがきてしまい、キャパオーバーになってしまったのです。
戸次:不確実なものへの恐れや不安が原因なんですね。
山根:やはり命に関わることと1年以上向き合うのは大変ですから、心に波風が立ちやすい。それによって、“今の会社で働いていてもいいのかな”“この先どうやって生きていこう”など、もともとあった問題の深刻さが加速しているんでしょう。
戸次:そういう意味でいうと、僕はこの道を選んだ時から、不確実なものが自分の一部になっていたから。ずっと、「役者がダメなら資格を持っている測量士になるわい!」と思っていましたね(笑)。そのおかげで、ダメージは少なかったかもしれません。
山根:それに、戸次さんのようにモノ作りをしている方は、日頃から完成形のわからないものと対峙しているので、その点でも不確実なものに強いといえます。自粛期間中にケーキ作りや裁縫をする人が増えましたが、それは手作りをすることで、不確実なものへの耐性を無意識に養おうとした結果だと思います。
戸次:なるほどな~。僕は揚げ物マスターになりました。ベストな揚げ方を見つけるために温度と時間のデータをとりましたよ。あと、とあるモノ作りのために時間を使っていたのもよかったのかもしれません。モノ作りは“完成させたらまた次を作る”の繰り返しで終わりがないから、常に前を向くしかないんですよね。
山根:今を生きるトレーニングになっていると思いますよ。
人と比較することから解放されると楽になる。
戸次:山根さんは、自己肯定感を高めなくてもいい、と本の中でおっしゃっていましたよね。
山根:自己肯定感とは、「自分はありのままでいい」と思えること。これが低い人は、“どうせ私はダメ”など脳内が否定語で埋め尽くされています。その状態で「自己肯定感を高めなきゃ」と無理すると、より苦しくなったり、「頑張ったけどできなかった↓やっぱり私はダメ」という無限ループに陥る場合も。「自分はそういうものだ」と納得することが大切です。
戸次:自分の全部を認めて好きになる、ということでしょうか。
山根:そのとおりです。3~4歳くらいまでの子どもは自己肯定感が高いですが、私たちはみんな自己肯定感を持っているんです。それが経験や環境で変化していく。
戸次:生まれた時から自分を嫌いな人なんていないですよね。でも、人と比較したりすることで至らないなと思うようになっていく。
山根:人間は、“これはこれに比べてこうだ”と比較することでしか物事を把握できません。幸せを感じる時も、無意識に誰かと比較していたりするんです。
戸次:羨むことはしんどいです。
山根:たとえばSNSで、友だちが高級なお店で美味しいものを食べている写真を見て羨ましいと思うとします。この時、ただ、「羨ましい!」で終わらせるのではなく、なぜそう思うのかを考え、自分の本心を探ることが楽になるカギです。友だちに向いていた矢印が自分へと向き、比較する状態から解放されます。
戸次:いま比較しているんだと気づくだけでも楽になれそうですね。
山根:あと、嫉妬は、“自分でも同じことができる”と思っているからこそ感じるもの。それを覚えておくと生きやすくなるはずです。僕は、壮大な壁画を描く画家には嫉妬しないけど、戸次さんが心理カウンセラー的な仕事を始めたら悔しくなると思います(笑)。
戸次:今、腑に落ちました。トム・クルーズに嫉妬しない理由がわかりましたよ。『ミッション:インポッシブル』の主役なんてできるわけないと思っていますから。でも、もし『スター・ウォーズ』にTEAM NACSメンバーの大泉洋が出演したら、“クソッ!”て思いますね(笑)。
山根:ははははは。
戸次:それにしても、山根さんの言葉は心に刺さりますね。今日を機に、人に嫉妬することはなくなりそうです。自分ができないことをしている人に出会ったら、「なんでできると思ったんだろう、バカな俺! てへ」とツッコむようにします。
とつぎ・しげゆき 1973年11月7日生まれ、北海道札幌市出身。ドラマ『おっさんずラブ‐in the sky‐』や『監察医 朝顔』などに出演。『SONGS』(NHK総合)ではナレーションを担当。
ジャケット¥99,000(DOPPIAA/CORONET TEL:03・5216・6521) シャツ¥38,500(BARENA/三喜商事 TEL:03・3470・8232) Tシャツ¥41,800 パンツ¥64,900(共にJACOB COHEN/JACOB COHEN TOKYO MIDTOWN TEL:03・3405・0852) その他はスタイリスト私物
やまね・ひろし 心理カウンセラー。著書に『「自己肯定感低めの人」のための本』(アスコム)。YouTubeチャンネル「メンタルノイズ心理学 山根洋士」を配信。Twitterは@yamane_hiroshi
※『anan』2021年5月19日号より。写真・小笠原真紀 スタイリスト・小林洋治郎(Yolken/戸次さん) ヘア&メイク・横山雷志郎(Yolken/戸次さん) 取材、文・重信 綾
(by anan編集部)