元ヤン板前と寡黙な庭師、てだれ者たちの妖しく愛しい世界。
「てだれ」とは、技芸などのその道に熟達していること。
「本作の前に『にわにはににん』という短編集を出していて、その1話目が庭師の話なんです。私はどちらかというと不思議なマンガを描くほうなのですが、編集さんから次は庭師の日常的な話を読みたいと言われまして。もうひとりを板前にしたのは、庭がきれいなところといえば旅館か料亭かなと思ったからです」
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小料理割烹で働く元ヤンの板前・星野トオルと、寡黙な庭師の鷹木明は、いつからかお互いの仕事が引けた土曜の夜に、明の家で酒の肴を作って晩酌を楽しむ仲に。トオルは明に対して恋心を抱いているのだが、飄々としている明はその気持ちに、どうやら気づいていないっぽい。
「私は今ほど決まり事があまりないBLを読んできた世代で、想いが募るようなプラトニックなものが結構好きなんです。そういうBLだったら私も描ける気がして」
男子ふたりのほっこりごはん、それぞれの仕事場での姿、そしてほのかな恋愛模様はたしかに日常的なのだが、「不思議なマンガを描く」と言うだけあってこれだけでは終わらない。明は“怪(ケ)”の棲み着いた庭の手入れを専門とする庭師なのだ。
「庭とか妖怪とか、自分の好きなものは、もはや資料なしに描けてしまうのですが、おいしそうなごはんや手先の描写などは、これまで私が避けてきたところ。ごはんは自分が好きな鶏料理が多めですが(笑)、季節感を重視しています。木の剪定や包丁さばきなど職人の手の動きは、動画サイトで研究しています。本当はふわふわしたBLシーンをずっと描いていたいのに、調べ物がやけに多くなってしまいました(笑)」
さらに本作の作画で最もこだわっているのが、色っぽさ。
「私自身は男前が苦手で、ちょっと欠点があるけどかっこよく見える男性のほうが好きなんです。だけど今回は実在するイケメンの写真を一生懸命見て、『ハンサムすぎる、苦手だ!』って思いながら描いてます。読者の方に萌え死んでいただくには、まずはこっちが萌え死なないといけないから、すごくつらいんです。描いてる自分が恥ずかしすぎて(笑)」
料理やイケメンを愛でながら、1巻を読み終える頃には予想外の感情にとらわれているはず。庭師と板前のふたりだけでなく、著者のてだれっぷりも感じさせてくれる作品だ。
中野シズカ『てだれもんら』 1 土曜限定の宅飲み友達であるトオルと明。トオルの恋心はダダ漏れだが、明の特殊な仕事については知らない様子。出会った頃の記憶も曖昧なようで……。KADOKAWA 720円 ©中野シズカ/KADOKAWA
なかの・しずか マンガ家。2000年デビュー。著作に『刺星 shisei』など。『にわにはににん』は第22回文化庁メディア芸術祭 審査委員会推薦作品に選出。
※『anan』2019年12月4日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・兵藤育子
(by anan編集部)