『パパイヤ・ママイヤ』で描く、作者の「こうあってほしかった理想の青春」

エンタメ
2022.07.11
パパが嫌いなパパイヤと、ママに振り回されてきたママイヤ。SNSで出会った17歳の少女二人はその夏、週に1度、千葉県木更津の小櫃(おびつ)川河口の干潟で待ち合わせする――かけがえのない邂逅が胸を打つ乗代雄介さんの『パパイヤ・ママイヤ』。

夏の干潟で出会った少女たち。夢のような時間に訪れた奇跡とは。

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本作の大きなきっかけは場所だ。乗代さんはさまざまな場所を訪れて自然を描写するのを習慣としているが、

「以前から小櫃川河口の干潟は目星をつけていて、行ってみたら面白かったんです。何度も通ううちに、小説にしてもいいかなと思いました」

掲載誌はいつもと異なり、純文学系ではない雑誌。そのため「いろんなリミットを外せると思った」と言うように、乗代作品の特徴だった日記や手紙といった書き手を明確にする形式や、過去作品からの引用を用いない方法がとられている。

ほぼ干潟に滞在している間に書いたという本作。

「夢みたいな、奇跡みたいなことを書いてみたかった。そういうことが起きる場所だと思えたんです。ここにあったペットボトルが潮の満ち干で翌日には大きく移動していて、自分がいない間も世界が動いていると気づかされたりして。そうした感動を話にしたい、という気持ちがありました。こうあってほしかった理想の青春でもあります」

二人の少女の人物像については、事前に作り込まなかった。

「パパイヤ、ママイヤはウルフルズの曲名からの連想です(笑)。どういう環境で育ったかよりも、二人がいて、そこで奇跡が起きるのを待ちたい、という気持ちでした」

彼女たちの微妙な家庭環境は少しずつ明かされるが、卑下したり卑屈になったりしていない様子。会話は時に噛み合わず、キツイことも言いあうが、それでも言葉を重ねていく。そうしたカラリとした姿が印象的だ。二人は黄色いゴミを拾い集めるホームレスとも出会うが、この黄色がなんとも鮮烈に読み手の心に映るはず。

「作中に出てくる黄色いサンダルやおもちゃなどは、実際に干潟に落ちていたものです。黄色は退色しやすいんですよね。リアルタイムの情動もやがて薄れて感動した感覚だけが残りますが、それを象徴する色でもある。でも、ただ、その記憶は別の形で残って、自分を励ますものにもなりますよね。それこそ、退色しても光として残るというか」

思えばデビュー作「十七八より」でもこの年代を描いていた乗代さん。

「自分は17歳の時に“人間関係はもういいや”と思ったんです。一人でいることに力を注ぎつつ、後ろ指をさされると面倒なので突っぱねることはしない、という方向性を決めた時期なので、高校2年生という年頃に思い入れがあるかもしれません」

心に残る出会いがあったのも高校2年生の頃だったという。

「通学の時にバスに乗るのが嫌で、学校の最寄り駅のひとつ手前の駅から自転車に乗って通っていたんです。そうしたら自転車が盗まれちゃって。いつもそばに駐輪していた人が“どうしたの?”と声をかけてきて、説明したら“今から会社に行くから自分の自転車を使っていいよ”と、鍵の番号を教えてくれたんです。それから数か月、その人が乗ってきた自転車に乗って学校に行き、下校の際に同じ場所に自転車を戻して帰っていました。その人と会ったのは最初の時だけでした。それ以来、自分も出歩く先でその人みたいにしたい、という気持ちになるんです」

ほんのひとときの触れ合いが、そこからの人生の大きな力になる。夏の光のなかで起きた、そんな奇跡を体感できる一冊だ。

乗代雄介『パパイヤ・ママイヤ』 SNSで知り合ったパパイヤとママイヤは、夏の間、木更津の小櫃川河口干潟で待ち合わせをする。流木が折り重なり、人のいない広い景色のなか距離を縮めていく二人はやがて小さな冒険を試みる。小学館 1760円。

Entame

のりしろ・ゆうすけ 2015年「十七八より」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。’18年『本物の読書家』で野間文芸新人賞受賞。’21年『旅する練習』で三島由紀夫賞受賞。著書に『最高の任務』など。

※『anan』2022年7月13日号より。写真・北尾 渉(乗代さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)

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