
作品ごとに変幻自在の魅力を放つ俳優ベネディクト・カンバーバッチが、自らプロデューサーも買って出た新作映画『フェザーズ その家に巣食うもの』が公開される。英国のマックス・ポッターによるベストセラー小説『悲しみは羽根をまとって』を、リアルとファンタジーが融合した特異なビジュアルで映画化した今作。そこに込めた想いをカンバーバッチにインタビューした。
アカデミー賞にノミネートされた『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』や『パワー・オブ・ザ・ドッグ』、マーベル作品からウェス・アンダーソン映画まで、ジャンルにとらわれず縦横無尽に活躍するベネディクト・カンバーバッチ。そんな彼の新作が、最愛の妻を突然失った男の悲しみを観たこともないような形で描いた『フェザーズ その家に巣食うもの』だ。妻に先立たれ、ふたりの幼い息子たちを抱えて呆然とする主人公の前にある日、巨大なカラスが現れ、現実を受け入れられない彼を嘲笑いながらしつこくつきまとう。カラスは一体何者なのか。怒り、狼狽、悲しみ、失望、あらゆる感情に引き裂かれるさまを、体ごと表現するカンバーバッチの演技に、胸を鷲掴みにされずにはいられない。
もっとも、取材で目の前に現れた彼は、いかにも英国紳士といったエレガンスと礼儀正しさをそなえている。映画のなかでの感情の爆発の片鱗も見せず穏やかに、しかし情熱のこもった様子で本作に惹かれた理由について語った。

カンバーバッチが演じるのは、二人の息子を持つ、妻に先立たれたコミック・アーティスト。
「ディラン(・サザーン監督)の脚本を読む前にたまたま原作を読んでいたのですが、これまで読んだこともないような独創的な作品だと思ったのです。悲嘆と絶望なのなかに救済があり、現実と非現実が混ざり合いながらとても深いレベルで心に訴えかけてくる。散文小説の傑作だと思いました。中年男の感情表現が苦手なところにも、深く共鳴した。そのあと脚本をもらってディランと話し合い、彼のヴィジョンを理解し、一緒にやらない手はないと思いました」
本作は激しく感情を揺さぶりながら、最後には浄化されたかのような清々しい気持ちをもたらしてくれる。優れたアートこそ人を癒す力があるのでは、と尋ねると、彼は謙遜した様子でこう答えた。
「たしかにそうかもしれませんが、本作が優れた芸術だと言いたいわけじゃないんです。そんなに偉そうなことを言うつもりはありません(笑)。映画に教訓的な意図を持たせたいと思っているわけでもない。それこそ芸術性を殺してしまうと思いますから。でもこの原作と映画は、悲しみをこれまでになかったような方法で表現している。悲しみとは人が纏い、吸収していくもので、時間と共に薄れたり癒されたりするものではないということ。これはかなりしんどいことです。もちろん、悲しみの受け取り方は人にも依るでしょうし、誰もがこの主人公のようだと言うつもりはない。ただ、そこには普遍的な痛みが存在します。そして死は言うまでもなく、誰にでも訪れる。この物語の素晴らしい点は、作家自身が経験した個人的な出来事(*原作者マックス・ポッターは父親を亡くしたことをきっかけにこの小説を執筆した)から出発し、驚くような手法で描いているにもかかわらず、人々の胸に響き大きな共鳴を呼び起こすことだと思います」

撮影中のメイキングカット。真ん中が監督のディラン・サザーン。
カンバーバッチといえば最近も、暴走コメディ『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』で、目に涙を溜めて語るシーンがあり、その場面だけきわめてシリアスなドラマに振り切れていたのを思い出す。脆さを曝け出すのを厭わないかのような演技は、彼の名優としての証でもあるだろう。だが、役柄の精神状態を分析するのは彼のやり方ではないようだ。
「泣いたりわめいたりというのはそんなに難しいことじゃないですし、演じるほうにもカタルシスをもたらしてくれるんです。実際わたしはそういうシーンを、分析して演じることはありません。なるべく何も考えず流れに任せるだけです。どうやったらそういう状態になれるか研究することも好きではありません。たとえばこの映画でも後半に、主人公が田舎の義父母の家に行ったとき、子供たちとともに森に行き途中で彼らを見失う、というか故意に追いかけることをやめるシーンがあります。混乱と悲しみによって彼は子供たちを突き放す。そしてひとりなった瞬間、彼はあらためて妻を失ったのだということを実感するのです。でもそういうことを理解したのは後からで、実際に演じているときはそんなことは考えていませんでした」

主人公の息子を演じるのは、双子のボクソール兄弟。
また息子ふたりに扮した幼い双子のボクソール兄弟との共演にも多いに刺激を受けたと語る。
「リチャードとヘンリーは撮影当時7歳で、これが演技初体験だったんです。とても自然体でワイルドな子供たちでした(笑)。幼いからすぐに集中力が切れてしまうところはありましたが、彼らはいつも嘘がない。そこに俳優として感銘を受けました。その一方で、わたしが彼らに向かって叫ぶシーンなどでは本当に驚いていたので、彼らが精神的にショックを受けないようにつねに配慮していました。でも彼らはとても面白い。ふたりとハグをするシーンで、ヘンリーはハグをしたくないと言うので、『じゃあ、どうしたらよいか練習してみよう』と。そうしたらリチャードがわたしをハグして、耳元で『君は僕に大きな借りができたよ』と囁いたんです(笑)。彼らを相手にしていると予想のつかないことばかりなので、俳優として初心に戻る気持ちにさせられるのです」
子供といえば、カンバーバッチにも3人の子供がいる。これほど強烈な父親を演じることで子育てについて考えさせられることはなかったのか、と尋ねると、「もちろん影響がないわけじゃないですが、ご想像にお任せします(笑)。私生活について話すのは気が引けるので」という返答。
世界を魅了する英国紳士は、つねにガードを崩さないようだ。
Profile
ベネディクト・カンバーバッチ
1976年7月19日生まれ、イギリス・ロンドン出身。2002年に俳優デビュー。BBCのTVシリーズ『SHERLOCK(シャーロック)』(10~)のシャーロック・ホームズ役でブレイク。『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』(14)でアカデミー主演男優賞に初ノミネートされた。以降、『ドクター・ストレンジ』(16)、『ブーリン家の姉妹』(08)、『ブラック・スキャンダル』(15)、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(21)、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』(25)、『ローズ家~~崖っぷちの夫婦~』(25)など数多くの作品に出演。
Information
『フェザーズ その家に巣食うもの』
突然、妻に先立たれたコミック・アーティストの父(ベネディクト・カンバーバッチ)。幼い二人の息子を抱え、慣れない家事にも手をそめ、手探りで新たな生活を始めようとしていたある日、1本の謎の電話がかかってくる。「彼女は逝ったが、私はいる」――その正体不明の男は、その日から父につきまとい、遂には “クロウ”となって姿を現わす。彼がコミックとして描く生き物に似た“クロウ”。それは現実なのか、幻なのか?最後に父が遭遇する衝撃の真実とは…?
監督・脚本:ディラン・サザーン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ
3月27日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国公開。
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