実話がベースに? 明治期の神戸を舞台に繰り広げる、化粧品を巡る物語『コスメの王様』

エンタメ
2022.05.05
“東洋の化粧品王”となった男と時代に負けず強く生きた女の物語。高殿 円さんによる『コスメの王様』をご紹介します。
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「これまでに女性領主・井伊直虎が主人公の『剣と紅』や、江戸末期から昭和にわたる女性3人の物語『政略結婚』などを書くうちに、女性文化の風俗史への興味が深まっていて。それに、私は神戸生まれの神戸育ちなので、神戸の一番いい時期を書いておきたい気持ちもありました」

と、高殿円さん。新作小説『コスメの王様』のモデルとなったのは、化粧品会社クラブコスメチックスの前身である中山太陽堂の創業者・中山太一だ。本作では永山利一という名前で登場している。

「中山太陽堂は明治期の神戸の花街・花隈で創業しているんです。軽い気持ちで調べ始めたら、実はものすごい人で。女性のためのメイクアップアーティストの専門学校を作ったり、『女性』という雑誌を創刊したりと、フェミニストの走りみたいなこともしている人だったんです」

1900年。神戸の花街に売られてきた12歳のハナは、ドブに落ちていた少年を助ける。彼の名前は永山利一。3歳年上の彼もまた、家族のために進学を諦め働いている。経済発展著しい神戸の町で二人は成長していく。そう、本作は利一だけでなくハナも主人公だ。

「女性は男性の添え物のような扱いをされていた時代。その事実を歪めることなく、女性を男性の添え物ではない主役として書きたかった。それにこれは化粧品の話ですから、開発に女性たちが関わっていたはず。ハナは架空の人物ですが、こんなことがあってもおかしくなかったという人物像を膨らませました」

品質の良さと宣伝の工夫で20代で成功をおさめた利一が大事にしていたのは、ベンジャミン・フランクリンの教訓「十三徳」。

「中山太一さんも亡くなるまで実践されていたそうです。その十三徳には、人を恨みすぎてはいけないという内容もある。作中、利一が借金を踏み倒された時に恨み言を言わず真摯な対応をして銀行から信頼を得た話はわりと実話のままです。失敗をプラスの連鎖に繋げる姿勢は私自身も勉強になりました」

執筆にあたっては当然、中山太一氏のご遺族にも許諾をとった。

「クラブコスメチックスの現社長は太一さんの孫のユカリさん。会社にうかがって、モデルにしたい、でもダブル主人公にしたい、などと説明したんです。そうしたら快く資料室の使用まで許可してくださって。ちゃんとした社史も残っていて、専属の司書さんにも助けられました」

苦労もあった。たとえば、太一がヒットさせた洗い粉の原材料にある「ジョッキークラブ」。これが何を指すのかどこにも記述がない。だが当時、他の大会社が香料に注目していたことから香水に着目したところ、アメリカで競馬の開催を記念して作られた香水の名前が「ジョッキークラブ」であることを突き止めた。

「あれが分かった時は資料室の方も“100年ぶりに解明できた”と言ってくださって。執筆中にそうした喜びがいっぱいありました」

作中ではこの香水のことはさらりと触れられているだけ。たった一単語を書くために、そこまで時間をかけて書き上げられた作品なのだ。

男女のW主人公にしたことで、当時の男女格差も浮き彫りになるが、終盤で利一が漏らす本音も刺さる。

「男性は男性で辛かったことがあったはず。そこをちゃんと書かないとフェアじゃないですから」

幼い頃から惹かれ合う二人の人生はどこへ向かうのか。これがもう、なんとも痛快で沁みる結末が待っている。この後味の良さも、高殿作品の魅力だ。

『コスメの王様』 明治期の神戸。実直に働く行商の利一は、幼馴染みのような仲の芸妓のハナから無鉛の水白粉が開発されたと聞き、商機に気づく――。“東洋の化粧品王”と呼ばれた男と、自分の道を切り拓いた女の物語。小学館 1760円

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たかどの・まどか テレビドラマ化された「トッカン」シリーズや「上流階級富久丸百貨店外商部」シリーズがベストセラーに。他の著作に『35歳、働き女子よ城を持て!』『グランドシャトー』など。

※『anan』2022年5月4‐11日合併号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)

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