全6編のうち最初に書いたのは2話目の「かなしい食べもの」。料理上手な男が、一緒に暮らす彼女から「たまに作ってほしい」と枝豆チーズパンのレシピを渡される。そこに隠された彼女の思いとは?
「これはアンソロジー『運命の人はどこですか?』に収録する作品として書いたもの。時に料理は嫌な思い出に繋がることもある。その憂鬱に対応して生きていくんだ、という話になりました。ハレの日に美味しいものを食べるような話にならなかったところが、自分でも面白いなと思って。それで担当編集者と、食にまつわる、苦みのある短編を書いていこう、という話になりました」
1話目の「ひと匙のはばたき」は、ダイニングバーの店員と常連客、女性2人の話で、「食べられなかったものが食べられるようになる話」を考えたという。3話目の「ミックスミックスピザ」は仕事も家庭も手一杯の女性がピザを食べる。しかも夫以外の男性と、ラブホテルで。
「ずっと張りつめていてようやく脳が弛緩した時にジャンキーなものを食べたくなることってある。生きていると最適解を出せないことはあるけれど、その失敗も含めて生きていく話を書きたかった」
次の「ポタージュスープの海を越えて」では女性2人が温泉に行くが、これは母と娘の話にもなっている。
「ある時ふと、母や祖母が好きだった食べ物を知らないと気づいたんです。私自身も今、毎日作るのは自分が食べたいものではなく、子どもが文句言わずに食べるものだったりする。毎日人の食事を作るうちに自分が何を食べたいか分からなくなっている人はたくさんいるだろうけれど、そういう人たちがどこかで自由に好きなものを美味しく食べていたらいいな、と思いました」
次の「シュークリームタワーで待ち合わせ」は料理研究家の主人公が、疎遠だった旧友が悲しい体験をして食欲を失っていると知り、毎日料理を作って食べさせる。と説明すると一見いい話に聞こえるが、
「食べたくない人を支配して食べさせる話です。美味しいものを食べさせるって、暴力的なパワーで人に影響を与えることだなとも思うので」
一方「大きな鍋の歌」では料理人の男が、難治性の病で入院中の知人を見舞う話で、“昔食べたかったものを自分で作る”というテーマだとか。どの話も確かに苦みがあり、また、描かれる他者との関係が、必ずしも確かな友情や愛情や絆で結ばれているわけではないのも印象的。
「その相手を好きか嫌いかではなく、自分と相手の心と体が自由であるかどうかに注目する人物が結果的に多くなった。不自由であるなら原因を探し、変えていく。そんな個人の戦いを大切に書いていきたいです」
それは今後、彩瀬さんが取り組んでいくテーマのひとつになりそうだ。
あやせ・まる 1986年生まれ。2010年「花に眩む」で女による女のためのR‐18文学賞読者賞を受賞しデビュー。’18年『くちなし』が高校生直木賞受賞。著作に『さいはての家』など。
『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』 枝豆チーズパン、ミックスピザ、栗のポタージュスープ、具だくさんシチュー…。食べ物を通して見えてくる人間関係を描いた6編。祥伝社 1400円
※『anan』2020年7月29日号より。写真・岡本あゆみ(彩瀬さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)