光が幽閉されているのは、廊下の延長も無限なら部屋の数も無限だという、極めて広大なホテルのような場所だ。迷宮から脱出する希望を持ってはいけないと自らを戒めつつ、同時に希望を抱いて行動してしまう。そんな矛盾のスパイラルが永遠に続くかと思われた矢先、光は10階建ての有限のホテルが建っているホールに足を踏み入れる。
「観念的、抽象的に書いてしまう部分もあるけれど、物や場所、手作業をするときの体の動かし方などは、『そこにある』と自分で信じられるくらい具体的に細かく描写します。実在していなくても、言葉を積み重ねてそこに一つの世界を作ってみようというのは、僕の思考の型みたいなもの。ホテルの中にホテルがあるということを思いついたときに、やっと、これで最後まで書けるかなと」
無機質で均質な空間が、無限を連想させると感じた、と金子さん。
「頭の隅には、数学者のヒルベルトが考えた無限ホテルのパラドックス(無限ホテルに“満室”の札があっても、1号室の客を2号室に、2号室の客を4号室に、n号室の客を2n号室に、という具合に移動させれば、無限に奇数号の部屋が空き、新たに無限の客を泊められることになる)がありました。思えばカフカの『失踪者』でも、主人公はアメリカを放浪し、ホテルに職を得ています」
光は、無限の迷宮の存在を忘れるためにこのホテルを切り盛りし、全知の世界を構築しようと考えるが…。
「光のそういう感覚は、僕もよくわかります。何でも作っているとき、計画しているときがいちばん楽しくて、実現してしまえば、そこにとどまることはできない。また次の夢を見てしまうものじゃないでしょうか。僕にとっては小説の執筆もそう」
独特の作風は、誰からの影響なのか。好きな作家を尋ねると、
「高校時代に中島らもとか好きでした。最近『裸のランチ』を再読したらすごく面白くて。あの頃、バロウズやケルアックに入れ込んでたのを思い出しました。僕の作品とはあまり結びつきませんね(笑)」
かねこ・かおる 1990年、神奈川県生まれ。2014年に『アルタッドに捧ぐ』で文藝賞を受賞し、デビュー。’18年に『わたくし、つまりnobody賞』、および『双子は驢馬に跨がって』で野間文芸新人賞を受賞。
『壺中に天あり獣あり』 美酒佳肴にあふれた、現世の別世界を意味する「壺中の天地」。その言葉と連接する美しい世界が、著者の緻密な描写によって眼前にそびえ立つ。講談社 1600円
※『anan』2019年5月1日-8日合併号より。写真・土佐麻理子(金子さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)
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