――BiSHが東京ドームで解散ライブをする1か月前、「私は今から忘れ去られる存在だと思っている」「私の人生っていうより、下の子たちに対しての(指導する)熱量が高い」と話していましたね。当時、解散後の活動についてどう考えていましたか?
BiSHとして8年間やり切った達成感でいっぱいだったので、おっしゃる通り、“あとは終わるだけ”みたいな心境でしたね。今後は後輩たちが頑張ってくれたら、と思っていました。
――メンバーの中でアイナさんだけが解散後の進路が決まっていなかったため、所属事務所・WACKの社長だった渡辺淳之介さんとavexの担当者に呼び出されたんですよね。
10数人もいる会議室で「もう、私は何もしたくないんだ!」「休みたい!」と言ってワンワン泣いてしまって。avexの方も困りますよね(笑)。ほかのメンバーはみんな次の所属事務所も決まって、WACKから飛び出すことになっていて。私だけWACKに残ることが濃厚になっていく中、多少の焦りすらなかったんですよ。もう辞めたい、しかなくて。
――それはどうして?
振り返るとブロードウェイミュージカル『ジャニス』の上演があったり、映画『キリエのうた』の撮影があったり。BiSHをやりながら2本の主演作品を同時に進めていて。どちらも死生観が強い作品だったから、心がすり減っていたと思うんです。いろんなことに対して“もういいや”となっていたんですけど、何か目標を決めておかないと、私はこのまま東京から逃げ出しちゃう気がして。それで、渡辺さんに「ロッキン(ROCK IN JAPAN FESTIVAL)に出たいです」と伝えました。
――なぜ「ロッキン」に?
既に、いくつかのフェスに出演することが決まっていたんですけど、それはアーティストさんのカバーをするとか、私個人の存在としてではない形で呼ばれている感覚が強くて。だからこそ、ちゃんとアイナ・ジ・エンドの歌をアイナ・ジ・エンドが歌うライブを作った方がいい気がして。それを挑戦させていただける場所は「ロッキン」しか思いつかなかった。
――念願のステージに立った日のことは覚えていますか?
いや、それがすごくて! ライブ開始10秒後くらいに、いきなりゲリラ豪雨に見舞われたんです。すぐにスタッフさんがバツ印を出して、お客さんもみんな避難をして。もう終わったな、と思いましたね。自分で決意した1発目のライブがやっとできるんだ。どんな景色だろう? とワクワクしていたのになって。でも少し時間が経って、なんとかライブができることになって。ずぶ濡れになりながらも、お客さんと一緒に楽しめてよかったです。
――その後、10月13日にはアイナさんの初主演映画『キリエのうた』が全国公開されましたね。
正直、主演ということはそこまで意識してなかったです。とりあえず曲を作って歌うんだ、という感じで現場に行きまして。「よーいスタート!」と言われた瞬間に、さっきまで和やかだった広瀬すずさんの目つきが変わったんです。「あ、これが本物の俳優さんか!」と焦りましたね。当初は“大好きな岩井俊二さんの作品に出られるのが嬉しい”“頑張って劇中歌を作るぞ!”というミュージシャン脳が活発で、自分が誰かを演じる意識があまりなかった。でも、それがよかった気がします。岩井さんの空気作りのおかげもあり、意気込みすぎずにナチュラルに臨めました。
――公開後は圧倒的な表現力が反響を呼び、第47回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ、数々の新人賞を総なめにされて。
アカデミー賞の3日前くらいから怖くて眠れなかったです。あんなところに立っちゃいけない!
――ハハハ、東京ドームで5万人の前に立っているのに。
いやいや、アカデミー賞は別ですよ!(笑) 立たせていただいて学ぶこともありましたし、ありがたい経験でしたけど…めちゃくちゃ緊張しましたね。
――俳優として注目を浴びる一方、アーティストとしては多くのCM、アニメ、ドラマのタイアップ曲を務められました。ターニングポイントになった楽曲はありますか?
「誰誰誰」や「死にたい夜にかぎって」など、BiSH時代からソロでちょこちょこドラマ主題歌を作っていて。そのときはすぐに合格をもらえていたんです。ただ、解散してからのタイアップでいうと…ドラマ『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』の「宝者」や、映画『変な家』の「Frail」は、曲が完成するまでに先方とのやり取りが絶え間なく続いていて。みんながいいモノを作りたいからこそのぶつかり合いなので、最高に楽しい作業ではありつつ、とても難しい2曲でした。それがターニングポイントですね。そこから曲作りに対して、もっと勉強したいとか、相手の要望に応えられるようになりたいという貪欲さが生まれました。
――多方面で目覚ましい活躍を続け、このたび3年ぶりとなるニューアルバム『RUBY POP』をリリースされます。
3年の間に本当にいろんな曲が増えていて。優しくてまどろむような曲から、人の情念に訴えかける曲まで、とにかく幅が広いんです。一方で、ちゃんと一曲一曲を振り返ると全部に思い出があって。誰と作ったか、どこで初披露したか、どういう人に届けたかったのかって、ちゃんと覚えているんですよね。それが宝石みたいだなと思って。楽曲を並べてみると「宝者」「Jewelry Kiss」「宝石の日々」と“宝”がつくタイトルも多い。なので“これが今の私の宝石箱です”と提示する作品にしようと考えました。
人やモノに対してちゃんと愛でたいと思った。
――これまで2枚のアルバムをリリースされた中、今作はどんな位置付けの作品になりましたか?
ソロ1stアルバム『THE END』のときは、ワクワクだけで突き進んでいて。何の邪念もなく作ったアルバムだったからこそ、すごく純度が高いんですよね。2ndアルバム『THE ZOMBIE』では、音楽を作ることが楽しくなっていって。バラエティに富んだおもちゃ箱のようなアルバムができた。そこから今回はまた一つ、ポップカルチャーに自分がいることを認識して、その上でどう動くかとか、今はどういう人に届けたくて歌っているのかが明確にある。だからこそ『RUBY POP』からは人を感じますね。周りの人が見えるようになったし、周りの人に感謝をしながら進んでいく意思表示が歌詞にも表れている。個人的には、めちゃくちゃいいアルバムができたと思います。
――来年は30歳を迎え、アイナ・ジ・エンドとして活動を始めて10周年という節目の年でもあります。ご自身の中で成長を感じるところはありますか?
今作の収録曲「はじめての友達」に〈愛でる前に時は 流れてゆくよ〉という歌詞があるんですけど、例えば誰かに挨拶をするとき、私はせかせかした性格なので、顔を上げて相手の目を見ずに次の所作へ移っていたんです。そうではなくて、挨拶をして2秒ぐらい相手の目を見てから、次の所作へ移る方が絶対にいいと思ったんです。相手がどういう顔をしているのか、自分の頭に入ってくるから。だけど、この10年ぐらいは、そういうこともできずに生きてきた。ある日、ふと死ぬときにちゃんと人を愛せていたのか不安になりそうだな、と思ったんです。モノも人もちゃんと愛でたいじゃないですか。ちゃんと愛でて、“自分の周りにはこんなに大切なモノや人がいるんだ”という状況で最期を迎えたいなって。その変化は大きいですね。
――「ちゃんと愛でたい」って、とても深い言葉ですね。
あと、昔は愛されたがりだったので、目が合う人全員に愛されないと気が済まなかったんです。“この人もあの人も、みんながアイナのことを好きになれ”と思ってて。それで頑張って犬みたいに懐くようになって、人との関わり方をすごく無理してた。みんなに好かれようとしていたのが20代前半で。本当に仲良くなるためには、ゆっくり時間をかけることが一番。そこに気づけたのも大きくて。ライブや創作以外では、無理をしなくなりました。
――心のバランスをとれるようになった、と。
もちろん愛された方がいいし、そっちの方が幸せですけど、昔みたいに“どんな手段を使ってでも愛されてやる!”という感じではなくて。今は、その人が使っているLINEスタンプと同じのを買って送るぐらい。「そのスタンプ、私も持ってるよ」という小さいアピールで済んでいるんです(笑)。
――以前はどうだったんですか?
昔は全員に長文を送りつけて、“重っ!”と引かれて終わるだけだったんです。だけど、今はそういうことはしなくなって(笑)。
――愛されることを強く求めていたのは、もしかしたら自信のなさからくるものだったんですかね?
それはあるかも。何より、今は“守るべきモノ”ができました。9月に開催した武道館公演で、妹にダンサーとして出てもらったんですけど、自分の守るべきモノがステージ上にあるから頑張れる、と気づけた。守るモノがあるから強くなれたし、「強くならなきゃ強くならなきゃ」と言っているうちにキャパが広がって、少しずつ心が豊かになっていった。だから…今が私の人生の過渡期ですね!
PROFILE プロフィール
アイナ・ジ・エンド
2023年6月のBiSH解散以降、ソロアーティストとして多数のCM、ドラマ、映画の楽曲を担当し注目を集める。同年10月には『キリエのうた』で映画初主演を務め、第47回日本アカデミー賞新人俳優賞など数々の賞を受賞。11月27日、3年ぶり3枚目のアルバム『RUBY POP』をリリースする。
INFORMATION インフォメーション
3rdアルバム『RUBY POP』が11月27日にリリース。ニベアブランドのTVCMソングである「風とくちづけと」、最新曲「Poppin' Run」「はじめての友達」を含む全17曲。初回生産限定盤のBlu-rayには、BiSH解散後初のワンマンライブ「“BACK TO THE(END)SHOW”」や東名阪ツアー「“Grow The Sunset”」最終公演の模様を収録。