アナウンスは、日常のライフライン。「白いごはん」のようでありたかった。
――9年間、お疲れさまでした。最後の週は、さすがに感慨深いものがあったのではないでしょうか。
武田:そうですね。でも、毎日、刻々と新しいニュースが入ってきますので、実際は感慨に浸る間もなく、案外、淡々と過ごしていました。ニュース番組は、どんなに難しいテーマでも、2分、長くても3分というごく限られた時間の中で、しかも一度しか聞くチャンスのない方に、内容を100パーセント理解していただかなくてはなりません。そんなとき、私の発音や声の調子が悪かったりすると、そこで理解が止まってしまいます。ですから、いかにアナウンスというものの存在を感じさせないようにするかというのが、日々の課題でした。視聴者の皆さんの日常のライフラインとして、情報だけがいつでも、スッと心の中に入っていくような伝え方をと……そうですね、たとえて言うなら、「白いお米のごはん」でしょうか。
――ごはん、ですか?
武田:ええ。毎日食べても飽きない主食のようでなくてはならないと。雑味があると食べにくいし、混ぜごはんばかりでは飽きてしまうでしょう? どんなおかずにも合って、しかも味わってみるとおいしく、必要な栄養も摂れる。そんな存在でありたいと思っていました。
――4月からは夜10時に移動。『クローズアップ現代+(プラス)』のメインキャスターに就任されました。
武田:はい。政治、経済など、これまでニュースでお伝えしてきたテーマに加えて、文化、芸能、スポーツなど、幅広いジャンルの情報を扱っていく予定です。呼び名は「キャスター」ですが、正しくは「アンカー」なんですね。最終走者を意味するアンカー。記者やディレクター、カメラマンたちが取材してきた内容を踏まえ、スタジオでゲストの面々に「これってどういうことですか?」と質問を投げかけ、議論を深めていく……。
――ニュース番組とはまた違った、刺激的なやり取りですね。
武田:視聴者の皆さんに代わって、自分が今、何を質さなくてはいけないかという、「問いを発する力」が必要になってくるでしょうね。そうして、ただ原稿を読むだけでなく、たくさんの人の手を経てきた情報を受け止め、取材者たちが現場で感じてきた「熱」をお伝えするのが、私の役割だと思っています。各界で活躍する方々の素晴らしい知見や考え方、お人柄に触れるのも、楽しみです。個人的にお会いしてみたいのは、坂本龍一さん。以前から、憧れていまして。
――武田さんはもともと、アナウンサー志望ではなかったとお聞きしました。本当でしょうか。
武田:ええ。ディレクター志望でした。それも、とくに報道を、というわけでもなく、漠然と「テレビ番組を作りたい」という程度で……。というのは、私は当初、コピーライターや作詞家など、文章を書く仕事がしたいと思っていたんです。大学生のとき、サークル活動で演劇や音楽をやっていたので、何か、言葉を使う仕事に就きたいなと。
――どんな演劇、音楽を?
武田:小劇場系で、つかこうへいさんの戯曲とか、ですね。ちょこっと役者をやったり、音響効果をやったり。音楽は、高校時代はパンクのコピーバンドをやっていて……。
――パンク!
武田:大学ではオリジナルもやりました。詞も書きましたが、とてもお見せできるようなものではありません(笑)。ほら、音楽をやる人間って、こだわりが強いじゃないですか。コンパで突然喧嘩が始まって、「絶交だ!」とか言って、最終的にはひとりで弾き語りをしたり……まあ、そういうドロドロが、日常的にありましたね。ハハ。
――これは意外な。そうして、晴れてアナウンサーとして就職を。
武田:故郷の熊本局からのスタートでした。僕は、本当にだめな新人でしてね。何かの番組の冒頭で、「今日はお日さまが輝いて、とってもいいお天気ですね」と挨拶したら、先輩のディレクターに「お日さまって何だよ。それを言うなら太陽だろ」と叱られたんです。さらに、「天気がいいって、日照り続きで困っている農家の方がいるかもしれないじゃないか」と。今なら先輩の言うことも理解できますが、当時は「放送って窮屈なんだなぁ」と、随分ガッカリしましてね。自分がイメージしていた世界とはかけ離れていたので、すぐに「やめよう」と思いました。
――バンドマン時代の悪癖が……。
武田:出ちゃいましたね(笑)。ところが、それから半年くらいして、夜のラジオで天気予報を読んだあと、視聴者の方から電話で直接お叱りを受けたことがあったんです。その日の放送も読み間違いが多く、ボロボロ。でも、夜のローカル番組だし、誰も聴いていないだろうと思っていたんですが、電話の向こうの方は「今の放送は何ですか」と。聞けば、ご本人かご家族に目の不自由な方がいて、ラジオの天気予報を頼りにしているのだと。「さっきのアナウンサーは本当にひどい」と言われて、私は、名乗ることもできませんでした。
――ライフラインへの信頼を、裏切ってしまったわけですね。
武田:そうですね。ただ、そう言われて、放送は、表現という面では確かにとても不自由だけれど、実際に世の中に働きかけることができるんだなとも思ったんです。私たちの放送を頼りにしてくれる方がいる、言葉や情報によって誰かを助けることができるんだと。目から鱗が落ちましたね。あの電話の方は、私のアナウンサーとしての人生を決めてくださった恩師です。
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