――先行公開中の映画『中村屋酒店の兄弟』は、地方で家業の酒店を継いだ兄と東京から帰省した弟との関係を軸に、日常を描きながらも深みのある作品です。
ありがとうございます。この作品で『anan』さんに取材していただけるとは、夢にも思っていませんでした。スタッフは5人だけで、現場では監督の白磯(大知)くんのおばあちゃんが作ってくれたおにぎり食べてましたからね。
――一度、出演を断ったとか。
そうなんです。3年前に脚本を読ませていただいた時に、僕が行間を読み解く作業を怠ったせいなんですが、弟が東京であることをして、それを知った兄貴は弟を問い詰めるのか、恫喝するのか、殴るのか、エンターテインメントとして盛り上げられる場面で、この脚本では何もしないんです。そこを面白いとすぐに思えなくて……。当時の自分が「もっと売れたい」という小さな欲求に囚われていて、エンターテインメントとしてわかりやすいものを好んでいたからでしょうね。もっと言えば、3歳年下の、これが初監督という青年の脚本を、恥ずかしながらなめていたんだと思います。
――断ってからはどういう流れで出演することに?
お断りした翌日、一人の青年の意志をメールひとつで終わらせていいのかと思い直して、監督と二人だけで渋谷のカフェでお会いしました。二人とも緊張してあまり話せなかったんですけど、喫煙所でぽろっと「兄弟の距離感を描きたいんですよね」と言ってくれたんです。その言葉にぐっときて、その場で読み直したら、たった1行の台詞にたくさんの語られていない感情が隠れているんだと気づき、「やらせてください」とお伝えしました。
――俳優でもある白磯監督の演出はいかがでしたか?
今までやった監督の中でも一、二を争う細かさでしたね。「台詞は本心じゃなくてカムフラージュ。そのことを漏らしてはダメだけど、ちょっとした表情や仕草から出てしまったその瞬間を僕は撮りたい」と、ミリ単位で感情の上げ下げを指示してました。「0.1ミリ下げてください」って。
――映画中の兄と弟の間に流れるぎこちない空気がリアルで、そう感じたのは、自分自身の兄弟に対して気恥ずかしさや後ろめたさがあるからだと気づかされました。
後ろめたさは、僕にも心当たりがあります。僕には姉と妹がいるんですが、二人は地元の北海道に住み続けています。かたや自分は東京に出て就きたい仕事に就いている。そのことへの後ろめたさをカムフラージュするために、笑顔を見せているところもあるかもしれません。人って、兄である自分、弟である自分、息子である自分、社会人の自分と、相手やその場に応じて多少なりとも演じているんだと思います。バイト先でうまくやっていこうと無理にニコニコする自分はすごく嫌で、本当の自分との乖離が苦しかったですね。
――俳優は、役としていろんな人を演じる仕事ですよね。
役を演じることで、日常の仮面をふわっと剥ぎ捨てることができて快感ですね。自分の体を通して役を演じていると、自分の核心に近づいていく感覚があるんです。きっと僕は個人的な問題を作品に持ち込むのが好きなんでしょうね。自分の欠落した部分や心の中にある穴をどうしたら埋められるのか、役を通じて考えていますし、その穴が作品や役を引き寄せているようにも感じるんです。
――いつ頃から心の穴の存在に気づいていたんですか?
特別なことがあったわけではないんですが、小学生の頃から感じてました。その穴は他者には埋められないことにも気づいていて。昼休みにどこにいていいのかわからなくて、とりあえず図書室にいるみたいな、居場所のなさをずっと感じてたんですけど、カメラの前だけは自分の居場所が担保されていて、そこでは生きていると感じられるんです。僕にとって演じることが、自分の穴や傷について考え続けるための大切な行為のひとつになっていますね。僕はまとまった時間が取れると一人で旅して、三重から京都までとか、ひたすら歩くんですけど、その間も穴を見つめていますね。あと、本を読みながら自分にはわからなかった感情の正体に気づいて感動することもあります。
――どんな本を読むんですか?
中村文則さんは全部読んでますし、西加奈子さんも読みますが、村上龍さんや村上春樹さん、さらにさかのぼって太宰治や宮沢賢治とか、古い本のほうが多いですね。古本屋さんは心が落ち着くんです。1~2時間かけて、100円のラックから、誰も読まなそうな本を見つける時間が幸せですね。本はどんどん増えていくので、引っ越しの時に断腸の思いで整理して、残った本が一軍(笑)。『限りなく透明に近いブルー』や『ノルウェイの森』は、処分しても必ず買い直していて、少なくとも5回は買ってます。
――最近、よかった本は?
『木々を渡る風』という中央大学名誉教授の小塩節さんが樹木への愛を綴ったエッセイです。今日の撮影で桜の木に寄りかかりながら、「あの本に桜の木のことも書いてあったな」と思い出していました。
――インスタを拝見すると、お部屋に花を飾っていますよね。
常に飾っていますし、特別な日でなくてもしょっちゅう人に贈っています。お気に入りの花はバンダという紫の蘭。キアヌ・リーブスの『スウィート・ノベンバー』という映画に、「君にぴったりの花だよ」って胡蝶蘭を女性にあげるシーンがカッコよくて、一輪挿しに飾れる蘭を探していた時に見つけた花です。
映画『中村屋酒店の兄弟』は、俳優としても活動する白磯大知監督による45分の中編作。ロケは実在していた中村屋酒店で行われた。撮影監督は、King Gnu「白日」のMVなどで知られる光岡兵庫が務めた。藤原さんも出演する同名スピンオフラジオドラマはYouTubeで視聴可能。映画は現在、渋谷シネクイントで先行公開中で、3月18日より全国順次公開。
ふじわら・きせつ 1993年1月18日生まれ、北海道出身。小劇場の舞台に立ちながら、2014年、映画『人狼ゲーム ビーストサイド』で本格デビュー。’20年、『佐々木、イン、マイマイン』『his』で第42回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。ドラマ『海の見える理髪店』(NHK BSプレミアム)が4月以降放送予定。映画『わたし達はおとな』が6月10日公開予定。
ヴィンテージのジャケット¥22,000(sinot TEL:03・5738・8853) シャツ¥30,800(リトルビッグ TEL:03・6427・6875) パンツ¥69,300(CCU/イーライト TEL:03・6712・7034) その他はスタイリスト私物
※『anan』2022年3月16日号より。写真・向後真孝 スタイリスト・八木啓紀 ヘア&メイク・赤沢ルミ インタビュー、文・小泉咲子
(by anan編集部)