通りすがりの人の言葉が胸に刺さることもある。
――安野さんの作品の“リアル”は、絵にも宿っていますが、よりセリフにそれを感じるという読者も多いと思います。そのあたりはいかがですか?
確かに、会話のテンポと、言葉は、自分や周りが実際に喋っているそれに近いものになるよう、気をつけていますね。
――そしてどの作品でも、いわゆるメインキャラクターではない、通りすがりの登場人物が、強烈なセリフを口にして去っていく、そんな印象があるのですが…。
普通に、人生ってそういうものじゃないですか? 例えば、居酒屋でたまたま隣に座ったおじさんに言われたひと言に、「は! そうだ…!!」と思わされたりすることって、人生で1度か2度はきっとある。名前も覚えてない、二度と会うこともないであろう人が、しかもその人自身も強い思いがあって言ったわけでもない言葉であっても、言われた側にとっては忘れられないひと言になる。もちろん逆も然りです。なんでもない人のなんでもないひと言で救われる、そういうことを描きたいと思っている部分は、確かにあるかもしれません。マンガの構造といえば、主人公がいて、主人公のことをせっせと一生かけて考えてくれる他人だけが周りにいて…という限られた世界で物語が展開しがちですが、現実の人生はそうじゃない。気がついたら誰かの脇役になっていることもあるわけで。でも私は、そういうことも含めて、現実に近い構造で描きたいんです。
――約30年、恋愛、仕事など、本当に幅広いテーマで執筆されてこられましたが、今、“安野モヨコらしい作風”とは、何だと思われていますか?
ん~、ちょっと難しいですね…。なんだろう、どの世界線の作品でも、自分に嘘をつかない、ということでしょうか…。自分の心をごまかさない、それに尽きるかな。現実を直視したくないから、自分に嘘をつく。もちろんそうしてしまうこともありますが、その行為は結果的に何も生まないし、状況が狂っていくだけ。自分の心に対する嘘に気がついたら、すぐに軌道修正する。どんなタイプのマンガを描くにしても、この思いだけはずっと持ち続けていたいです。
あんの・もよこ 1971年生まれ、東京都出身。小学生からマンガを描き始め、高校1年生で初投稿、高3でデビュー。’95年より『ハッピー・マニア』(祥伝社)執筆開始、大ヒット。代表作に『働きマン』、第29回講談社漫画賞児童部門受賞作『シュガシュガルーン』(共に講談社)、『オチビサン』(朝日新聞出版)等。写真は、アトリエでのペン入れの様子。
雑誌『FEEL YOUNG』で連載中の『後ハッピーマニア』(共に祥伝社)のコミックス第1巻が、好評発売中。また9/22まで東京・世田谷文学館にて、約30年間にわたる創作を振り返る回顧展「安野モヨコ展 ANNORMAL」を開催中。原画などを多数眺められる貴重なチャンス。その後、2021年にかけて仙台などを巡回予定。
※『anan』2020年9月23日号より。写真・内山めぐみ インタビュー、文・河野友紀
(by anan編集部)