予測不能な人、というのが村上虹郎さんの印象。撮影前にカメラマンが「以前も撮らせてもらったことがあって…」と話しかけると、「その時、僕、どの服着てました?」と返ってきた。説明をすると、「あれだ!」と言いながら、かつての撮影時の思い出を語りだす。取材中には、差し入れにと渡したオレンジの皮を丸ごと器に使ったゼリーに目を輝かせ、ゼリーよりも皮に残った果肉を熱心に食べ始める。その自由で気取りのない姿に、現場の空気が一気に明るく和んだ。
――今回出演された映画『武曲MUKOKU』では、剣の天才を演じています。自由な空気を感じさせる村上さんと、しきたりを重んじる剣の道は相反するように思うのですが、実際に役としてその世界に入ってみていかがでした?
村上:堅苦しいことは苦手なんですけど、意外に嫌じゃなくて、じつは結構男くさい世界が好きなのかなって思いました。昔、剣道をやっていましたし、武道モノの漫画とかも好きで読んでました。武道って、一番シンプルに自分と向き合えるものじゃないですか。普通、人ってそんなに自分と向き合わなくても生きていけると思うんですけれど、この仕事をやっていると、やっぱり必要なことだから。
――村上さんも、主演の綾野剛さんも、演技を超えて自分の内側にあるものと戦っている気がして、観ていてヒリヒリしました。
村上:ただ泥くさい地味な映画で終わってほしくないんですよね。テーマは重くて強いし、普遍性を伴っていて謙虚な作品だと思うんですよ。きっと観れば残るものがあるから、広がってほしい。ただ、女性はどう見るんだろう。男だったら絶対にカッコいいって思うはずだけど…カッコいい男たちが戦う姿を見に行く、っていうことでもいいと思いますし。
――今回の役をどう捉えて、役を作っていこうと考えたんですか?
村上:今回に限らず、役柄が自分に近いものが多いので、役を作っていくってことはないんです。だから脳みそで考えるっていうよりは、刷り込ませていく感じです。
――では、どこか孤独の影をまとっている今回演じた羽田も、ご自分に近いキャラクター?
村上:そうですね。遠くはないです。母子家庭というところとか。俺の親父は生きてますけど一緒に住んでた年数は短いし、母親との距離感も近い。母親が息子との距離感をすごく気にしていて、息子自身もそれに気づいているところとか。
――ご両親のお話を普通にされますけれど、そこを取り上げて自身を語られることを、どんなふうに思っていますか?
村上:俺自身を語る上で、両親はどうしたって関わってきますね。
――そのことに対して反発する気持ちはないですか? 二世って言われたくない、とか。
村上:そんなのは、時間をかけて自分の実力で追い越していくものだと思っていて。それに、両親は本当にすごいっすからね。これが才能もなく中途半端な人間だったら、七光も何もないだろうと思うんですよ。ふたりがすごいから、こいつが引っ張られたんだなって見えるわけで、役を掴んだ時点で「頑張ったな」って称賛されることのない僕は、そういう声を自分で覆していくしかないと思っている。
――デビュー作の『2つ目の窓』から、父親の村上淳さんと親子の役で共演していますけど、恥ずかしさみたいなものはありました?
村上:変だなぁとは思っていました。その頃は、映画のことも演技のことも何も知らなくて、何をやってもぎこちなくて、あまりそこの境目はなかったからいいですけど。ただ、あれも河瀬(直美)組だったからできたことだと思うんです。いまやったら、それはそれで面白そうではある(笑)。
――河瀬監督の方から村上さんに声をかけたそうですが、引き受けたというのは、以前から役者には興味があったということですか?
村上:そんななかったんですが、ありがたいことに声をかけていただいて。でも一回、母親が断っているんですよ。学校に通っているからって。その時、自分の気持ちもよくわかんなかったんですけれど、ちょっとやってみたいのかもしんないなって…。映画に自分が関わるってことが不思議じゃないですか。とはいえ、その後に仕事を続けるかどうかも考えてなくて。
――一回、やってみるか、くらいの気持ち?
村上:そんな感じです。
――でも、お母さんからは反対されたわけですよね。
村上:反対を押し切りました。それで喧嘩しましたし。
――では、押し切るくらいの意志はあった、と。
村上:いや…その時は、映画に惹かれたって感じで。でもいま思うと、あれが親離れ子離れの儀式だったのかなと思います。後になって、母親も言ってました。その時くらいから、「自分も子離れしなきゃいけないんだなって思った」って。映画の話をもらった時には、留学をしていたんですけど、それはただ一緒に住んでいないってだけで、お金を出してもらって生活していましたからね。全然親離れじゃなかったんです。自分で稼がないと全然意味がないと思うんで。
――では、俳優としてデビューしたことで、精神的な意味でも経済的な意味でも親離れしたんですね。
村上:その当時は、もっと中途半端な気持ちでしたけど。河瀬監督には「もっとちゃんとしろ」って怒られていましたし。
――俳優を続けてみようと思ったのは、なぜですか?
村上:他になかったんじゃないかな。学業に戻っても、学びたいことは自分で学べるし、べつにいいかなって。学校で学べることって、勉強だけじゃないと思うんですけど、もうそれは僕には必要ないなって思ったんです。…その時は、ですけど。
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