
7月4日放送開始のTVアニメ『天幕のジャードゥーガル』は、13世紀のペルシア、モンゴル帝国を舞台に、奴隷の少女・シタラが知性を武器に運命へ抗っていく物語です。可愛らしい絵柄の奥に、復讐、友情、異文化の衝突が息づくこの作品。様々なバックグラウンドを持つクリエイターが集う制作現場もまた、異文化が交わる場所でした。アベル・ゴンゴラ監督と共にメガホンを取った山田尚子総監督に話を聞きました。
自分の「無知からくる思い込み」に気づいた
── 本作は、侵略や奴隷制度など、重めのテーマが並びますが、フラットに描かれているのが新鮮でした。例えば、モンゴル兵はシタラの大切な存在を壊していくのに「悪」には見えない。どんな意識で描かれたんですか?
物事の善悪って、結局「その人の目線」でしかないんですよね。その土地で生まれた考え方、生活の知恵、美学、宗教観。すべてに意味があって、信念がある。だから自分たちの目で勝手にジャッジする必要はないし、してはいけない。どちらの文化にもフォーカスして、どのキャラクターにも敬意を持って、描くことは最初から決めていました。

奴隷でありながら知恵をつけるよう教育を受ける主人公・シタラ(左)
──「女なら 奴隷なら なおさら法に従え」のような、今の価値観からするとびっくりするような発言も多く出てきます。
当時の文化や宗教観からすると、男女の役割が色濃く分かれている時代ではあるので、ああいった言葉も日常的に出てきます。でも、原作では、差別の部分を際立たせているわけではなく、人としてのコアの部分に焦点をあてている。
年齢や性別のようなカテゴライズから離れて、1人の人間としてキャラクターに向き合うようにしています。
ただ、自分の中にも思い込みや固定観念ってあるんですよね。
── 自分の中に固定観念を発見した?
そうです。例えば「奴隷」に対して、もっと過酷なイメージを持っていた、とか。
── 鞭で叩かれるようなイメージ……ですかね。自分の中にもあります。
長くて広い歴史の中で、そういう側面があったのは事実として、ただ、この作品の中ではシタラは家族の1人として受け入れられているし、衣食住だけではなく、教養まで与えられているんですね。その時点で、自分の「無知からくる思い込み」に気づかされました。
海外ファンから「言語の壁を越えてくれた」と絶賛された演出

── 「知らない文化を描く」という意味では、侵略のシーンではモンゴル語の会話でストーリーが進んでいて、海外ファンからも絶賛されていました。最初から決めていたのでしょうか?
モンゴル語での会話は、脚本段階で決まっていました。自分たちとは違う言語を話す人たちが突然襲ってくる恐怖って、計り知れない。そこをアニメーションとして表現した。なので、一部のキャラクターはモンゴル出身の俳優の方や力士の方を動員したダブルキャストになっています。
── ネイティブの方が声を当てているんですね。でも、入野自由さんだけは御本人の声だったような……?
入野さん演じるサマルカンド人の少年・シラはモンゴル語ネイティブではないので、そのままお願いしました。でも、発音の難易度が高いですし、無茶なお願いをしたなと思っています。入野さんにしかできない芸当です(笑)。
物語では、主人公・シタラがカタコトの状態からモンゴル語を覚えていく過程も描いています。「知識を得ていくこと」が作品の軸なので、言葉を通じた変化が描けるのはとても意味があることだと感じました。

入野さん演じるシラ
── 言語の演出だったり、シンプルな悪を用意しなかったり。「わかりやすい物語が求められている」という言説もありますけれど、あえて手放しているようにも見えます。
「わかりやすさ」にも良さがあることも理解しているのですが、個人としてはそこを重視していないかもしれません。「発言が本心とは限らない」シーンも多いので。

── セリフだけに頼らない表現という意味では、バラの花が随所に登場します。「平家物語」の沙羅双樹のような位置づけですか?
植物に関しては、アベル監督の意向です。アベルさんとは「なるべく原地の自然を出したいね」と話していて、バラはそのうちのひとつです。ペルシアにはバラの原種があるので、咲いたり、散ったりしてもらいました。ザクロも特産物なのでいろいろなメタファーとして使っています。
国際化するアニメーション現場の中で、「あえて国は意識しない」

── 山田さんは「総監督」としてアベル監督と共にメガホンをとっています。国籍も性別もバックボーンも違うお二人ですが、一緒に作って、いかがでしたか?
出身も性別も得意な表現手法も違うのですが、根本が似ていると言いますか。アベルさんとは、芸術や文化へのまなざし、ものづくりの価値観、根本の部分でズレがない。バックボーンの違いの先に、交わるところがあることに安心しました。
あと、他の監督の仕事のやり方を間近で見られる機会ってほとんどないので、目線やスタッフとの話し方、アイデアの出し方を見られて純粋に楽しいです。
── 現場では英語も飛び交っていますが、コミュニケーションはどうやってとっているのでしょう?
優秀なトランスレーターの方に助けていただくこともありますが、アベルさんは日本に来られて長いので、日本語も理解してくださっているんですよ。
サイエンスSARUは国籍問わず、優秀なスタッフが集まっています。もともとインターナショナルな現場のパイオニアというイメージがあったのですが、今はこの環境にすっかり慣れてしまっている自分がいます。
みなさん研究熱心ですし、日本のアニメーションに敬意を持ってくださっているのがわかる。こちらも恥じないように頑張ろうと思えて、背筋が伸びます。
── 作品が海を越えて見られることも増えましたよね。特に今作は舞台が海外の歴史モノ。気負わなかったですか?
キャラクターの心情は国を越えて通じるものがあると思っているので、「海外向けか、日本向けか」という意識はしていません。ヒットの法則みたいな話が聞こえてくると、心が折れそうになることもありますけれど、国籍に関係なく観てくれる方々を信じて実直に作っていこうと思っています。
一方で、紛争地域など現代とも地続きの舞台を描くこの作品には慎重に考えないといけない部分もある。そういう意味でも、アベルさんが視座高く一緒に走ってくれるので心強いです。
日本だから作れるアニメであることに胸を張って作っていきたいと思っています。気にしすぎると、作れなくなってしまうので。
「女性監督として」に心がチクっとした頃を過ごして

── シタラたちの環境とは全然違いますが、山田監督ご自身のキャリアとこの作品で重なる部分はありましたか? シタラが「女だから」という価値観に縛られながら、知性で道を切り開いていく姿が印象的だったので。
今の自分は、性別を意識しなくなってきているんですよね。ここ数年は役職を持った女性が周りに多くて、こちらもそのパワーに勇気づけられることも多い。最近は少なくなってきましたが、「女性監督として」の見解を求められると、同じ女性同士でも考え方はそれぞれ違うはずなので、少し違和感を覚えたり、心がチクッとしたりしていたので。
当時は、私自身が世の中を知らなかったので、イライラの原因を見つけたかっただけなのかもしれません。私も歳を取って、時代も移り変わって、今はいい意味であまり意識しなくなっている。
── どうして消えたのだと思いますか?
続けることが大事だったんだと思います。心がチクッとしたとき、そこにフォーカスしすぎると本質を見失って、折れてしまう。それは『天幕のジャードゥーガル』とも似ているような気がします。何が一番大事かを手放さないようにしていると、気がついたら社会の方が変わっていたりする。
もし、性別でも国籍でも、何かのカテゴリーに当てはめられて息苦しさを感じることがあったら、この作品がちょっと気持ちをほぐすきっかけになれたら嬉しいなと思います。強くて、しなやかで、パワーにあふれたシタラの生き方の中に、楽しく人生を謳歌するヒントがあるかもしれないので。

Profile
山田尚子
やまだ・なおこ 2009年テレビアニメ「けいおん!」にて監督デビュー。『映画けいおん!』(2011年)にて長編映画初監督を務め、『映画 聲の形』(2016年)ではアニメ映画祭としては世界最大規模のアヌシー国際アニメーション映画祭長編コンペティション部門入選を果たした。その後テレビアニメ『平家物語』(2021年)、短編映画『Garden of Remembrance』(2024年)を立て続けに発表。映画『きみの色』(2024年)では第26回上海国際映画祭金爵賞アニメーション最優秀作品賞を受賞。テレビアニメ『天幕のジャードゥーガル』では総監督を務める。
information
TVアニメ『天幕のジャードゥーガル』
2026年7月テレビ朝日系全国24局ネット"IMAnimation"枠・BS朝日にて放送
7月4日(土)夜11:00〜 初回2話連続1時間スペシャル!
原作:トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』(秋田書店「Souffle」連載)
公式サイト:http://anime-jaadugar.com/ 公式X:@anime_jaadugar





























