SNSで裾野を広げて盛り上がる、今の短歌。
この1~2年、“短歌ブーム”といわれているが、この現象は今に始まったことではないようだ。
「過去の大きなブームとして俵万智さんの『サラダ記念日』がありますが、それ以前も例えば学生運動の際に短歌が多く読まれたりなど、ブームと呼ばれる現象は意外と定期的に起きていると思っています」(歌人・瀬戸夏子さん)
昔の短歌は、詠まれた時代の感情を垣間見られる味わい深さがあるが、同時代に生まれる短歌の魅力はやっぱり、現在の「空気感」や「気分」を共有できること。
「非正規雇用で明るく生きる自己像を提示する永井祐さんの歌は、同時代に読むからこそ共感しやすいですし、榊原紘さんが紹介している、推しをモチーフにした『推しと短歌』も、自分の好きなものをリアルタイムで楽しめます」
昨今の盛り上がりに欠かせない存在といえるのが、SNSだ。
「雑誌や新聞の投稿だと発表されるまで1か月程度かかりますが、SNSはかつてないほど早く反応が届きます。短歌botなどは読み手も短歌を身近に感じられますし、バズるような作品は、短歌であることを意識せずに反応している人も多いのかもしれません」
SNSで興味を持ち、次のステップとして好きな歌人を見つけるのであれば、アンソロジーを。
「東直子さんほか著・編集『短歌タイムカプセル』や山田航さん著・編集『桜前線開架宣言』などのアンソロジーや解説書で自分の好みを知ってから歌集を読むのもおすすめ。さらに自分でつくると難しさもわかりますし、短歌の読み方も変わってくると思いますよ」
“現代短歌”とは?
まずは基本の定義を知るところから。歌人の瀬戸夏子さんが、現代短歌の特徴を映し出す代表的な短歌をピックアップ。
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
俵万智『サラダ記念日』(河出文庫)P.127/河出書房新社 1989年
終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて
穂村弘『シンジケート[新装版]』P.80/講談社 2021年
こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう
枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』P.7/左右社 2022年
好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ
東直子『青卵』(ちくま文庫)P.25/筑摩書房 2019年
王子Aは王子Bを激しくすきでBはAをしみじみすきみたい
雪舟えま『はーはー姫が彼女の王子たちに出逢うまで』P.118/書肆侃侃房 2018年
そもそも現代短歌とは? 変遷から見えてくる魅力
現代短歌といっても幅広いが、一般的には「『サラダ記念日』が生まれた’80年代後半以降」と捉えてよさそう。まずは、エポックメイキングとなった2首について。
「この時期に一番大きく変化したのは、読みやすさ。なにげない日常をポップに表現した俵万智さんや、穂村弘さんが描く都会的な情景は、広く共感されました」
続く3首からもわかるように、これ以降、今につながる現代短歌の展開はさらに多様に広がっていく。
「すべて文語ではなく口語なのが特徴で、なかでも口語にこだわったのが枡野浩一さん。口語は語彙などの問題で硬い印象になりがちなのですが、口語でもやわらかい表現の短歌を作ったのが東直子さん。また、雪舟えまさんは、自身の小説と登場人物がリンクしている男性同士の恋を詠み、新しい楽しみ方を開拓しました」
こうした流れを踏まえると、いま活躍する若い世代の短歌も、また違った魅力が見えてくるはず。
せと・なつこ 歌人。歌集に『かわいい海とかわいくない海 end.』(書肆侃侃房)など。『桜前線開架宣言』の姉妹編『はつなつみずうみ分光器 after 2000 現代短歌クロニクル』(左右社)も執筆。
※『anan』2022年10月5日号より。取材、文・兵藤育子
(by anan編集部)