人生の先輩的女性をお招きし、お話を伺う「乙女談義」。3月のお客様は、ブライダルデザイナーの桂由美さんです。第1回目は、日本ブライダルの第一人者の、少女時代のお話から。

運動と裁縫は苦手、お姫様を夢見る少女でした。

Entame

私は東京の下町の小岩生まれで、太っていた母に似てぷっくりした子供だったようです。最初はぷくぷくしたところが「かわいい!」と褒められていたんですが、小学校に入ってからは体型と運動神経の悪さがコンプレックスに…。その反動から、おとぎ話やお姫様に強い憧れを抱くようになった気がしますね。友だちと外で遊ぶより、家で絵本を読みながら、決して自分には手が届かない夢のような世界に思いを馳せるのが好きでした。

学年が上がるとさらなるコンプレックスが私を襲います。5年生になり裁縫の授業がスタート。実は私、今はデザイナーですが、いわゆるお裁縫が大の苦手。しかも当時母が地元で洋裁学校の校長をしていたこともあり、先生から「お母さんの後を継ぐならもっと上手にならないと、あなたが困るわよ」と言われるのが本当にイヤでイヤで…。もともと嫌いな裁縫の時間でしたが、そんなことを言われてますます大嫌いになりました(笑)。

押し入れで寝ていれば空襲が避けられた?!

小学校から中学校にかけての時期に、太平洋戦争が起こりました。夜、空襲警報が鳴るとみんな防空壕に逃げるんですが、私は寝ているところを起こされるのがイヤで、「押し入れで寝るから起こさないで」と言って、母親を困らせていました。いつも渋々防空壕に入ったことを覚えています。

1945年の3月10日、今でいう江東区や墨田区、台東区、中央区を襲った下町大空襲がありました。翌日、学徒動員で通っていた工場に行く途中に見た街の景色は、今でも忘れられません。そこかしこにマネキンがあるように見えたのは遺体で、大きな馬の死体を見たのもとても怖かった。その年の8月15日に戦争が終わるわけですが、そのあとも食料不足、教科書がなくて勉強ができなかったりと、大変な時期がしばらく続きました。どんな道を歩んでも私はブライダルデザイナーになったと思いますが、あの戦争がなかったら、道筋や速度は違っただろう、と思います。

かつら・ゆみ ブライダルデザイナー。1965年の創業以来、パリコレを含む世界30以上の都市でショーを開催。今年4月には日本のウェディングドレスの変遷を展示するミュージアム『YUMI KATSURA MUSEUM WAKASA』を福井県にオープン。

※『anan』2022年3月9日号より。写真・中島慶子

(by anan編集部)

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