野田秀樹が発案 ジャンルレスな文化イベント「東京キャラバン」とは?
「もともとは、東京オリンピック・パラリンピックに向けて日本各地から盛り上げていくことを目的として、文化の観点から何か立ち上げられないかという発想から始まっているプロジェクトです。僕は東京都が運営している東京芸術劇場の芸術監督という立場で会議に参加していたんだけれど、じゃあ一体何をやるのかという具体的なアイデアが一向に出てこない。それで僕が、例えとして出したのが“文化サーカス”というもの。日本にあるいろんな文化がクロスする場を用意すればいいんじゃないかと思ったんですよね。もともと文化ってそういうものだからって。そしたら、じゃあ野田さんがやってくださいと言われてしまったという、ね(笑)」
文化サーカスとしてイメージしたのは、ロンドンに住んでいた時に年に一度家の前でおこなわれていた移動遊園地。「毎年6月に来るんだけれど、設営の準備で2~3日前から賑わいだす。そろそろだなって思うと、何だかすごくワクワクしたりして。そういう、街角に神出鬼没に現れて、何が始まるんだろうなって周りの興味を惹きながら本番を迎えて、終わったら跡形もなく去っていく。あの感じがいいなと思ったんです」
容易に混ざるけれど完全に混ざらないのが面白いなと。
とはいえ引き受けた当初は、漠然とイメージはあったものの、新しい“試み”すぎて、すべてが手探り状態で、困惑のほうが大きかった。それでも、「関わるうちに、だんだん自分のなかで前向きに変わっていった」そう。
「何より、集まってくれたパフォーマーたちのクオリティの高さですよね。事前にいろんな場所に行って土地に残る伝統芸能をたくさん見せてもらったんですが、当たり前の話なんだけど、長く残ってきている芸能ってとてつもないパワーに満ち溢れていると改めて思い知ったことも大きいです。秋田の竿燈(かんとう)なんかは、あまりの迫力に演出家であることを忘れ、ただのおっさんとして感動したし。そういう、通常交わらないもの同士が交わった時、普段なら絶対に観られないようなパフォーマンスが生まれてくるんです。回を重ねていくうちに、この企画で一番得をしているのは、じつは俺かもしれないと思うようになりました」
パフォーマーとして参加した人のなかには、松たか子さんや、谷中敦さんの所属する東京スカパラダイスオーケストラのほか、宮沢りえさん、木村カエラさん、EGO‐WRAPPIN’の中納良恵さんら、一線で活躍するアーティストたちが多く名を連ねる。
「’18年の秋田でのキャラバンでは、ニューヨークで活躍しているタップダンサーの熊谷和徳さんと民謡の人たちとがコラボレーションしたんです。最初はやっぱりお互いに慣れないものだから、戸惑いもあって。でも、やっていくうちにお互いに『こんなふうにやってみたらどうか』とアイデアを出し合い歩み寄って、みるみる良くなっていくわけです。キャラバンをスタートさせたばかりの頃は、この“混ぜる”っていうことをおっかなびっくりやっていたんだけれど、回を重ねるうちに、それぞれが持っているリズムを掴んでしまえば容易に混ざるんだっていうことがわかってきた。それでもやっぱり完全には混ざらない部分があって、そこもまた面白いんですよ。終わった後に、パフォーマーのなかに『いままで経験したことがなかったけれど、こういうことをもっとやってみたくなった』って言ってくれる方がたくさんいて、また『全然違うからこそ面白かった』って言われたり、そういう言葉を聞くたびに自分の力になっているし、喜びを感じています」
誰もがお祭りや遊園地と同じ感覚で気軽に立ち寄って体験できるのが東京キャラバンの魅力だ。
「演劇やダンスのようなカルチャーとか、パフォーマンスに興味のなかった人が、ちょっと覗いて、こういう面白いものがあるんだって気づいてくれるかもしれない。その人が興味を持って、観る側もしくはやる側に回ってくれるかはわからないけどね。普段クラシック音楽を聴かない人が、バイオリンって生で聴くとこんなにいいものなんだって、まずは知ってもらうことが大事だと思っています。日が暮れて夕景のなかで見ると、さして興味のなかったものが素敵に見えたりもするっていう効果もあるだろうし」
もうひとつ、野田さんがここで目指していることがある。それは東京と地方との文化をつなげていくということ。
「東京芸術劇場の芸術監督に就任した時から、自分のなかで柱にしてきたことがいくつかあるんです。若い演劇人の育成、海外の優れた舞台芸術の招聘…もうひとつあるのが、東京と地方とのラインを作りたいということ。僕は演劇しか知らないけれど、作品も観客もやはり東京に集中しがちです。地方は面白いものもあるけれど、あまり注目されないために、自分たちのやっていることへの誇りを失いかけている人もいる。キャラバンを通じて多くの人に観てもらう機会を増やすことで、少しでも地方の文化に活力がみなぎればと思っています」
’17年、京都・亀岡で2日間にわたっておこなわれたワークショップ。撮影:井上嘉和
のだ・ひでき 1955年生まれ、長崎県出身。劇団夢の遊眠社を結成。’80年代に日本の小劇場ブームを巻き起こす。NODA・MAPを率い、国内外で演劇を創作する。さらに東京芸術劇場の芸術監督も務め、精力的に演劇界を牽引している。
東京キャラバンは、東京オリンピック・パラリンピック開催により世界からの注目が日本に集まるタイミングで、東京を文化の面から盛り上げるために立ち上げられた。発案者である劇作家・演出家・役者で東京芸術劇場の芸術監督を務める野田秀樹さんが提唱するのは、多種多様なアーティストが東京キャラバンの旗印のもとに集い、ジャンルを超えて交わることで、新たな可能性を見出す場を作ること。’15年の東京・駒沢を皮切りに、これまでにリオデジャネイロや、東北、京都、九州、四国、岡山、富山、北海道など各地を旅しながら、様々なアーティストが集い、全16か所で開催。出演するのは、俳優、ダンサー、ミュージシャンなどのほか、地方に根付いた伝統芸能の担い手やパフォーマーたち。あらゆる表現が入り乱れたパフォーマンスは、各地で観客を熱狂させている。今年5月に予定していた公演は延期となったが、今後の開催が注目されている。
※『anan』2020年5月27日号より。写真・岩澤高雄(The VOICE) ヘア&メイク・赤松絵利(esper.) 取材、文・望月リサ
(by anan編集部)