
――今度の会場はCREATIVE MUSEUM TOKYO。また違う雰囲気になりそうですね。
この会場でしか見られない作品もたくさん増やしています。東京駅から歩いて行けるので、外国人観光客の方も間違えて入ってきてくれないかなあと思ってます(笑)。
――日々手帳に描きためた、その一コマを見るだけでもクスッと笑えたり、なるほどと思わされるスケッチの複製が7500点以上も並ぶなんて、壮観でしょうね。
いっぺんに並べることを想定して描いてはいないので、最初に展示を見た瞬間はちょっとゾッとしました(笑)。展覧会を開きませんかとお声かけいただいた時、僕の原画はものすごく小さいし、モノクロの線画なので空間がもたないから無理だろうと思ったんです。でも、一冊の本が出来上がるまでに頭の中で起きていることが体感できるような展示にできたら面白いのかなと。今回は『あつかったら ぬげばいい』という絵本に出てきた、「おとなでいるのにつかれたら あしのうらをじめんからはなせばいい」を実践できる大型の体験展示も登場します。
――それは楽しそうです! 巡回展の会場でも随所にフセンでツッコミを入れたり、その会場でしか見られない絵を描き下ろしたとか。サービス精神が旺盛なんですね。
根が怖がりなので(笑)。せっかく足を運んでいただくのだからと、いろいろ工夫したのですけれど。
――ヨシタケさんは12年前に手がけた絵本デビュー作『りんごかもしれない』が大ヒットしました。
30代の頃からイラストのお仕事をするようになり、自分のアイデアを表現することはしていたのですが、40歳になる手前に「絵本を描いてみませんか」とオファーをいただき、編集者の方からご提案いただいたお題の一つが「りんごを多角的に捉えてみる」だったんです。子供の頃から絵本を読むのは好きでしたし、絵本を作るなんて最初で最後だろうと思ったので、好きな要素を全部詰め込みました。子供だった頃の自分におもねったものを作りたかったんです。
――かこさとしさんの『からすのパンやさん』などがお好きだったとか。『りんごかもしれない』は、テーブルの上のりんごを見て、男の子があらゆる想像を膨らませていく、とても楽しい絵本です。
最初は、もう少し教育的なノリの強いものを想定していました。でも、なかなか面白くならなくて、いっそりんごではないことにしたらどうだろう? と考えました。「かもしれない」という言葉を使えば、嘘をつき放題(笑)。何をしても「男の子の想像の世界」と言い訳できる。僕は怒られるのが嫌いなので、これはいい発明だなと思いました。
――発想の多彩さ、情報量の多さに圧倒されたのですが、アイデアがどんどん溢れてきたのですか?
そんなことはないです。大きさを変えてみたら? 硬さは? 未来は? 過去は? と一つ一つ仮定を並べては考えるという泥くさい作業をしました。僕はひらめきが止まらないタイプでは全くないんです。
――論理的なことがお好きなのでしょうか。算数はお好きでした?
いや、嫌いでした(笑)。僕は小さい頃から人の目や常識をすごく気にする子供だったんです。大人になりイラストの仕事を始めるようになってから、皆が当たり前に思っていることから少し外れたものを提示すると面白さが生まれると気づきました。ただ、常識から外れすぎると人はまた不安になってしまう。近すぎても離れすぎてもよくないんです。
――その距離感が秀逸ですよね。ヨシタケさんの本はひねくれた人も、理屈っぽい人も、感覚的な人も納得できるところを掬い上げているなと感じます。
距離感は大事にしていますね。僕はイラストレーターとして『週刊文春』で哲学者の土屋賢二さんのコラムのイラストを27年描いていますが、一つのテーマに対して、珍しさと安心感とわかりやすさ、わかりにくさのいい塩梅を鍛えられた気がします。それは絵本作りにすごく役立ちました。
――『ころべば いいのに』では苦手な人の対処法を考えたり、『そういうゲーム』では些細なことを楽しむ提案もあれば、ネガティブな感情との付き合い方も提案。ポジを強要するのではなく、ネガを全肯定するのでもないのがヨシタケさん流だなと思います。
世の中にポジティブな物語が溢れているのは、必要としている人がたくさんいるからですよね? それを否定する気は全くないんです。ただ、僕自身は「人生楽しんだもん勝ち!」というような言葉にイラッとするようなタイプでした。ポジティブな物語に救われない人もきっと3割くらいはいる。その3割に含まれる僕のようなひねくれ者が世の中の美談に乗り切れない時、自分が納得できるストーリーを自ら開発する必要がありました。「自分を好きにならなくちゃ」というような風潮があるけれど、好きになれる人ばかりじゃない。「自分を好きでなくても楽しく生きている人は結構いるよ」とか、これまで生きてきて知り得たことは子供の頃の怖がりの自分に教えてあげたい。そんな気持ちで絵本を作っていますね。
僕の描く絵本は極めてプライベートなもの。
――ご自身を通して描いているから、人にも深く響くのかもしれないですね。
そういう意味では僕の描く絵本は極めてプライベートなものだと思います。決してマーケティング的なものづくりではないですね。40歳で絵本作家デビューしたので、(絵本の)作り手よりも消費者だった時代の方が断然長い。だから、こういう絵本だったら読みたいな、こういう結末だとうれしいんだけどなという、読み手目線がベースにあるのは、もしかしたら僕の強みなのかもしれません。
――また、一つの考えを押し付けるのではなく、いろんな選択肢を多く提示している。そして、読みながら私だったらどうするかな? と考えが広がるきっかけをもらえるところも豊かだなと思います。
そうなってくれたらいいなと思います。読んでくださった方に、自分ごとに置き換えてもらえる。本の世界に片方の足だけ踏み入れて、もう一方の足は現実を意識して、世界観や価値観と照らし合わせながら読む。読みながら自分の輪郭がはっきりしてくるような。僕が読んでいて楽しい本はそういう本です。僕だって、ストレートなメッセージを欲する日もあるんですよ(笑)。人は体調や気持ちによっても変わるので、さまざまな価値観、選択肢を用意しておいて、日によって使い分けるのが健全な対処法なのかなと思いますね。僕にとってはそれが絵本作りのモチベーションになっています。
――では、絵本作家になる前のヨシタケさんを支えていたものは何ですか?
スケッチです。人に見せることは考えず、このM6の手帳に自分を救うためだけに描いてきました。ノルマにしているわけではなくて、1か月間何も描かない日もあります。家族とケンカしたり、やらなきゃいけないことが山積みだったり、ストレスを感じた時の逃げ場として描いてきました。気持ちが落ち込みがちなので、描きながら、「こんな楽しいこともあるじゃないか」と自分を盛り上げるための福利厚生みたいなもの(笑)。絵本のネタになることも多々ありますが、この先仕事がなくなっても精神衛生上、日常の必要な作業として、この小さな絵は描き続けると思います。何もできなかった日も、「できなかった」という顔を描くと仕事した感を持てますしね!

――もしかして、ストレスが創作を支えているのでしょうか?
世の中に対する不安を紛らわすためにしている、自分を救うための手段が、僕の場合はたまたま仕事に役立っていると思います。しんどさや苦しさみたいなものがギリギリ経費で落とせる(笑)。そういう意味では作家という職業は捨てどころがなくて面白いですよね。
――世の中、閉塞感も大きいですし、時代に後押しされているところもあると思いますか?
それはすごく感じています。20年前だったら、僕の絵本はこれほど読まれなかったと思います。こういう弱音が受け入れられているのは、時代に味方してもらえているという感覚はありますね。
――ヨシタケさんは湘南育ちですが、土地が創作に影響を与えると感じることはありますか?
全くないです。僕、海嫌いですし(笑)。土地だとか年代だとか、特定の人にしかわからないものではなく、「人の背中って手が届かないよね」とか、「お腹がすくとしょんぼりするよね」「お母さんに褒められるとうれしいよね」とか、皆が当たり前のように思う共通認識に興味があります。なぜ、そう感じるのだろう? と。
――だから、世界に受け入れられる普遍的なものが作れるのでしょうね。歳を重ね、社会的評価も受けて、不安はどんどん減っていくのではと思うのですが……?
僕もそう思っていたんですよ! それがねえ……(笑)。若い頃のような理不尽な目には遭わなくなりましたし、不満は減りますが不安は増えますね。目の前に並んでいた小さな不安や不満を取り除くと、その奥からさらに大きな不安のボスが。環境が良くなっても不安を自ら探すのでしょうね。これはサガとしか言いようがないです。
――今後どうしたいかという質問に「現状維持」とよく答えられていますね。
絵本作りも展覧会も与えられたお題に一つ一つ答えているような状態で、自分から何か伝えたいとかメッセージがあるわけではないんです。ただ、最近急激に歳を取って(笑)。最後にしたくなることは何だろうということには興味があります。10年、20年先の自分に、今の自分が言えるようなアドバイスはないだろうかと考えますね。
PROFILE プロフィール

ヨシタケシンスケ
1973年生まれ、神奈川県出身。2013年に『りんごかもしれない』で絵本デビュー。以来、7つの作品でMOE絵本屋さん大賞1位に選ばれた。『りんごかもしれない』は第61回産経児童出版文化賞美術賞を、『つまんない つまんない』の英語版では’19年にニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞を受賞。近著に『そういうゲーム』。『ヨイヨワネ』が3/17発売。
INFORMATION インフォメーション

「ヨシタケシンスケ展かもしれない たっぷり増量タイプ」
3月20日~6月3日 CREATIVE MUSEUM TOKYOにて開催。ヨシタケさんのアイデアの詰まったスケッチの複製が7500点以上展示されるほか、絵本の世界を体感できる展示、学生時代の立体作品なども。全国巡回中に刊行された絵本4冊の原画も加わる。ここでしか買えない愛らしいグッズも増量。TEL:050・5541・8600(ハローダイヤル)
東京会場の新規展示物のためのスケッチ ⒸShinsuke Yoshitake
anan2437号(2025年3月5日発売)より