いつまでも歴史に残るような、強度のある作品を作れたら。
ロンドンに拠点を置く小袋成彬さんが、約3年ぶりに4枚目となるフルアルバムをリリース。作品のこと、そして、インスピレーション源ともいえる日々の生活のことや、物事の捉え方における変化についてなど、いろいろと教えてもらった。
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――ニューアルバム『Zatto』は、ロンドンのジャズミュージシャンとのセッションから生まれた8曲が収録されています。聴いていてすごく気持ちが良く、有機的なムードを感じました。
多分、生バンドだからだと思います。デジタル処理はしているけれど、デジタルのエフェクトは一切かけていないので、温かい有機的な音に。そう、バンドサウンドにしたかったんですよね。
――それはなぜでしょう。
なぜでしょうね?(笑) でも、ロンドンに移住してからの5年間、’60~’80年代のブルースやソウル、ジャズなど、パソコンで音楽を作っていない時代の音楽によく触れていたんです。ロンドンには音楽が好きな人たちが自然に集まってきて、本当に音楽愛に満ちた人たちと一緒に過ごすうち、レコードの音も好きになったし、インターネットでは絶対に出合えないような音楽に触れる機会も増えた。そうした感性や文脈における何かを、とは思っていました。
――アナログな音の魅力とは、どんなものでしょうか。
あったかい音、ですね。そして、レコードで音を聴くというカルチャー全体に魅力があると思います。誰かが家に遊びに来た時に、今日は何のレコードをかけようかと考えて、セッティングをして、針を落とす。人へのおもてなしやいたわり、優しさ、愛。そのすべてが繋がっています。
――今作は、大部分が日本語詞です。ロンドンのアーティストの方たちとのイメージ共有は、どのようにされていたのでしょう。
日本語で書いた歌詞を全部英訳して、一度、英語で歌います。アカペラでね。そして、曲のコンセプトもちゃんと説明します。たとえば、「Zatto(雑踏)」は「hustle and bustle」という意味で、「ニューヨークを行き交う人たちの足元だけを写した映画のオープニングのような交差する感じ。そこで生き抜く一人の人間みたいな」とか。
――なかなかイメージが伝わりにくい言葉はありましたか。
伝わらなかったことはないけど、たとえば「Shiranami(白波)」は、「日本海で波がザバーン」みたいな感じを思い浮かべるじゃないですか。でも、ロンドンで海といえば地中海だし、波も違うんですよね。あと「Kagero(陽炎)」という言葉は日本独特。英語だと「heat haze」っていうけど、その言葉自体が有名じゃないし、あまり伝わらない。「暑い日に地面から蜃気楼みたいに立ち上るやつがあるでしょ。あれだよ」と言っても、「それがなんだ」みたいな感じで。自然の現象にストーリーを感じるということ自体が、日本的なのかなと思いました。
――ロンドンに拠点を移されて約5年。変化はありましたか?
英語を喋れるようになったことと、あと、見た目で人を判断しなくなりました。もともと見た目を気にしないタイプでしたけど、“目の奥にある人間”みたいなものを見て、会話をするようになったといいますか。英語で話す時に「he」と「she」を間違えることが結構あって。自分は相手が男か女みたいなことさえも、どうでもいいんだなと気づきました。
――なぜ、ロンドンでは、それができるようになったのでしょう。
みんな見た目も人種もルーツもバラバラで、「どこ出身?」みたいなことを聞かないし、どうでもいいという感覚の人ばかりだからかな。見た目の印象を飛び越えて、骸骨と話している感覚です。
どんな時でも毎日三食、自分で作って食べています。
――『Zatto』は約3年ぶりのアルバムですが、その間の経験も投影されていると思います。どんな3年でしたか?
前作『Strides』をコロナ禍に作ったこともあり、俺の中ではコロナ後なんですよね。だから、開放感とか、あらためて感じる人との繋がりとか、そういうものが滲み出ている気がします。ロンドンもちょっと変わったんですよね。一回、クラブというカルチャーが消えて、俺も夜中まで飲むことが少なくなって、終電で帰るでしょみたいになって。それで体験する音楽が変わっていったような気がしています。0時にはベッドに入るし、昼間からテクノを聴きたい気持ちにも、なかなかならなくて。あと、車を手放したことで、車で音楽を聴くというカルチャーが俺の中で根絶して、ポップミュージックをマジで聴かなくなりました。移動の30分だと“最近出たあのアルバムを聴くか”と思うけど、家でゆっくり…となると違うというか。
――朝起きてから夜眠るまで、どんな一日を送っているのですか。
シーズンによりますよ。でも、変わらないのは、三食作ること。朝、めっちゃ食べます。絶対に白米で、最近ハマっていたおかずは、鶏肉と白菜の水煮のレモン味。片栗粉をちょっと使うといいんです。あと、白身魚とほうれん草のソテーとか。超満腹になって、そのままコーヒーを飲みに行くところから俺の一日が始まります。いつも行く好きなカフェがあって、そこでEメールとかチャットをしたり、近くにいる友だちを呼んだり、店員と話したり。それから少し散歩に行くと12時を過ぎて、“やばい、何かやらなきゃ”と思って作業をします。
――制作期間中の場合などはいかがですか?
サラリーマンと同じじゃないかな。一緒に住んでいる人が早起きだから、7時くらいに一緒に起きて、9時にはスタジオへ。それまでに朝飯を食べる、コーヒーを飲むということが入ってくるように。17時前には家に帰ってプレミアリーグや映画を観たり、料理をしたり。そして、突然、夜中にやる気が出ることも。そういう場合は一度スタジオに戻り、1~2時間、思い浮かんだアイデアを試します。
――想像以上に健康的でした。
趣味全開の独身男性の生活って感じじゃないですか(笑)。
――エッセイ集『消息』の発売も控えています。
思ったことを2000字で書くという連載を2か月に一度のペースで約6年間やっていて。それをまとめたものです。書くことが趣味なんですよ。19歳くらいの頃から、mixiで「バイトで起きた。うぜえな」みたいなことを書いたりしていたし(笑)。多分、面白おかしく言うということが好きなんだと思います。あくまでエゴは出さず、なるべく脚色もしない。でも、言葉のあやと構成で面白く伝える、ということをやっています。
――書き始めた約6年前と今で、着眼点など変化を感じますか?
もちろん。視点がグローバルになったと思うし、お金のことを、“そもそもお金ってなんだろう”とマクロ的な意味で考えるようになっているなとか。年齢を重ねることで、いろいろな物事やコンセプトへの理解度が深まったなと。
――現在33歳ですが、30代に突入してみていかがですか。
年齢の区切りについては特に何も思わないけれど、これからが一番楽しいんだろうな、ゴールデンエイジだなとは思っています。やっぱり、一年がどんどん短くなっていく体感があるし、老いていくということや、終わりというものがあることが理解できるようになりました。20代は、“死ぬわけじゃないじゃん”って思っていたけど、友だちやばあちゃんが死んだりしたことも含め、限りがあることを感じたり。そして、自分は何を残せるのかとも。芸術家やアーティストにもいろいろなタイプがいて、“とにかく作品を出してこそ”と考える人もいれば、自分みたいに、ああだこうだ言いながら3年かかる人もいて。俺は諦めない粘り強さみたいなものが結構あるというか、自分ほど自分のアートに粘り強く向き合う人は見たことがないと思っているから。いつまでも歴史に残るようなもの、振り返った時に強度を感じるものを作りたいという想いがあります。でも、生きているうちに評価されたら本当にラッキーだと思います。多くの偉大な人も評価されずに亡くなり、後から“あいつヤバかった”となっているので。今はインターネットのおかげで俺もなんとか飯を食っていけてると思っているので、それはラッキーですよ。
――突然ですが、最近、好きな食べ物はありますか?
チャレンジしているものでいうと、トマトが食えるようになりました。ずっとベシャベシャしている感じが苦手だったけど、ヨーロッパのものはフルーティで美味しくて。日本の野菜は水分量が多いんですね。逆に、向こうの野菜は鍋にしても出汁が出ず、あまり美味しくない。あと、納豆にカラシを入れるようになったかな。なんで素材の味を邪魔するものを入れるんだろう? と思っていたけど、今年はチャレンジの年にしようということで入れてみたら意外と旨くて、意味あるじゃんって。
――チャレンジの年なんですね。
年をとって保守的になる部分が多いと、嫌なおじさんになるし、良くないなと。自分の偏見にちゃんと気づくことは大事です。
――他に挑戦していることは?
飲んだことのないジュースを飲むとか、着たことのない服を着るとか。普段、ネクタイはしないんですけど、ここ3か月くらいのマイブームです。ちなみにアルバムのジャケットの格好は、前日にトライしてみたら“ええやん”となり、2日連続で同じスタイリングにしました(笑)。
――お仕事でこれから挑戦したいことを教えてください。
春から日本でツアーが始まるので、アルバムの音を聴いた日本のみなさんがどう感じるのかということがチャレンジだし、興味でもあって。本当に楽しみ。次にどんな曲を作りたいかとかは全然なくて。もうちょっと人生経験をしないと出てこないだろうなと。
PROFILE プロフィール
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小袋成彬
おぶくろ・なりあき 1991年4月30日生まれ、埼玉県出身。Yaffleと共に音楽プロダクション「TOKA」を設立、数々のアーティストの作品に携わる。2018年に宇多田ヒカルをフィーチャリングに迎えた『Lonely One』でメジャーデビュー、『分離派の夏』『Strides』などをリリース。エッセイ集『消息』(新潮社)を2月27日に発売。
INFORMATION インフォメーション
ジャズやレゲエ、ダブ、ラテンなど多国籍な音楽と日本語の美しさが融合した8曲を収録したアルバム『Zatto』が現在、デジタル配信中。CD(¥3,300)は2月26日に発売。キャリアで初めてとなる自主リリース作品となる。また、3月15日の味園ユニバースを皮切りに、大阪、名古屋、東京、福岡、札幌の全国5都市を巡るツアーがスタートする。
anan 2435号(2025年2月19日発売)より