恋心は今も昔も一緒!? 『和泉式部日記』の和歌から読み解く“平安女子の恋のリアル”

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2024.02.20
千年前の恋愛をひもとく…恋の和歌で、平安女子考察。
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和歌には平安女子の恋のリアルが詰まっている。

794年の平安京への遷都から、約400年続いた平安時代。戦のない平和な時代として知られるが、宮中の女性にとっては芸術方面で活躍できる時代でもあったという。

「当時、宮中には天皇の后候補が複数暮らしていて、その周りには女房と呼ばれる世話役の女性がたくさんいました。女房には和歌、漢詩、音楽といった芸術方面に秀でた人物が選ばれ、彼女たちが優れているほど、后候補の格が上がるとされていたのです」と話すのは、津田塾大学学芸学部多文化・国際協力学科教授の木村朗子先生。そんななか頭角を現したのが『枕草子』の作者である清少納言や、『和泉式部日記』の作者の和泉式部、『源氏物語』の作者の紫式部。

「清少納言は一条天皇の后・定子に仕えた女房で、和泉式部と紫式部は定子亡き後、一条天皇の后・彰子に仕えた女房です。彼女たちのように文才のある女房は、主人の和歌を代筆することもありました。和歌の多くは恋愛の場面でやり取りされ、どれだけ上手い歌であるかが、相手を惹きつけるカギとなったからです」

女房は和歌だけでなく恋愛にまつわる散文も書くようになり、作中には恋の和歌が数多く登場する。

「和歌の魅力は、五七五七七という31文字のなかに『二人はどんな関係なのか』と楽しい想像を膨らませる種があるところ。ここでは『和泉式部日記』から、平安時代の恋の移ろいが感じられる和歌を紹介します」

『和泉式部日記』に見る恋の育み方

『和泉式部日記』は、和泉式部と、次期天皇候補の一人であった敦道親王との恋の顛末が書かれた回想録。

「和泉式部は中流階級の出身なので、身分違いの恋。そんな二人の恋の始まりや駆け引きなどが詳細に綴られていて、平安時代の恋はどんなステップを踏み、育まれていったのかが時の経過とともにわかります」

和泉式部が歌人だったこともあり、『和泉式部日記』には敦道親王と交わした和歌が多数収録されている。

「紫式部は和泉式部の和歌を、素直な詠みぶりで実にいいと評している。言語的に理解しやすいのが魅力」

恋の始まり

和泉式部と敦道親王。和歌を得意とした二人の、なんとも巧みな、恋の始め方。
そもそも和泉式部は、敦道親王の兄の為尊(ためたか)親王の恋人だったが、為尊親王は若くして亡くなってしまう。憂う彼女に、使者を介して橘の花の枝を贈った敦道親王。その返事として和泉式部がこの歌を詠み、二人の恋が始まる。

薫る香によそふるよりはほととぎす聞かばやおなじ声やしたると【和泉式部】
おなじ枝に鳴きつつをりしほととぎす声は変はらぬものと知らずや【敦道親王】

→敦道親王からのアプローチに大胆な返歌でハートを鷲掴み。
橘の花は、『古今和歌集』の一首で“昔の恋人の袖の香り”と詠まれたことから、和泉式部は敦道親王が「為尊親王を懐かしんでいるのでしょうね」と言いたいことに気づき、「橘の花に託すより、あなたの声が彼と同じか直接聞きたいわ」と誘うような歌を送る。親王の返歌も「兄弟なので似ている」、つまり“好きな気持ちも同じ”と積極的!

恋の駆け引き

歌を返す間や内容で、ツンとデレを使い分け。和泉式部の立ち回りの上手さが印象的。
和泉式部は敦道親王の返歌を粋だと思う一方、軽々しく応えるのもどうかと思い、しばらく歌を返さずにいる。ヤキモキした親王は再び歌を送り、それに情熱的に応える和泉式部。こうして和泉式部が返歌をする関係に。

うち出ででもありにしものをなかなかに苦しきまでも嘆く今日かな【敦道親王】
今日のまの心にかへて思ひやれながめつつのみ過ぐす心を【和泉式部】

→ヤキモキしている敦道親王とちょっとウワテな和泉式部。
親王は、「自分の恋心をあなたに伝えなければよかった。あなたがつれないので今日は苦しい」と訴えている。対する和泉式部は、「私を想っているのは今日だけなのでしょう。私はずっとあなたを想っているのに」とまた大胆! 和泉式部の歌にある「ながめ(眺める)」は、恋煩いしている時によく使われる言葉。切ない想いが込められている。

語らはばなぐさむこともありやせむ言ふかひなくは思はざらなむ【敦道親王】
なぐさむと聞けば語らまほしけれど身の憂きことぞ言ふかひもなき【和泉式部】

→会いたい、でもまだ会えない…。揺れる気持ちを吐露。
親王から届く歌により、恋人を亡くしたさびしさがなぐさめられるような気持ちになる和泉式部。そんななか親王から「直接会ってなぐさめたい」と、歌だけのやり取りから関係を進めませんかとお誘いが。和泉式部は「そう聞くと会いたい」としながらも「恋人の死を悲しみながら浮気する自分を憂えている」と、揺れる気持ちを伝えている。

会えた喜び

この時代の“会う”ことのハードルの高さと、達成された時の双方の喜びが凝縮。
ついに敦道親王が和泉式部のもとを訪れる。御簾越しに見た彼はうわさにたがわぬ美しさ。「恋人のようなことはしないから、そばに行きたい」と言う親王。和泉式部はやんわり制するが、親王は御簾の内側に滑り込み…。

恋と言へば世のつねのとや思ふらむ今朝の心はたぐひだになし【敦道親王】
世のつねのことともさらに思ほえずはじめてものを思ふ朝(あした)は【和泉式部】

→一夜を共にした二人は熱烈な歌を交わし合う。
結局、一夜を共にした二人。それを想起させるのが明け方に帰ったことを指す「朝」という言葉。夜通し男女が過ごす=性的関係があったことを暗示する。すぐに親王から「恋なんてありふれているのに、今朝の自分はこれまでにない気持ちだ」と熱烈な歌が寄せられ、和泉式部も「こんな物思いをするのは初めて」と情熱的にリアクション。

深まる想い

互いに気持ちが深まるにつれて、不安や独占欲も肥大。和歌にもその様子が表れる。
その後も二人の恋は盛り上がり続けるものの、敦道親王は高貴な身分のため気軽に出歩くことができず、せっかく訪ねても和泉式部が就寝中など会えない日々が続く。不安を訴える和泉式部に親王は自分の想いを伝えるが…。

大水の岸つきたるにくらぶれど深き心はわれぞまされる【敦道親王】
今はよもきしもせじかし大水の深き心は川と見せつつ【和泉式部】

→想いの深さを水の深さに例えた一首に掛詞で応戦。
この歌が詠まれたのは梅雨時。親王は大雨で増水した川の水を見て「岸に到達するほどの水より、あなたを想う心のほうが深い」と送る。恋心の深さを水の深さで表現するのは和歌の習わし。対して和泉式部は「そうは言っても今は来てくれないのでしょう。嬉しくないわ」とピシャリ。「岸」が「来し」に、「川」が「彼(か)は」に掛けられている。

揺らぐ想い

楽しさばかりでない恋愛に、振り回される心。時に素直に、まっすぐな想いを込めていく。
和泉式部は恋多き女とウワサされた人物。ある日、親王が彼女の家へ行くと、男の車が止まっていたため、親王は憤る。それは和泉式部の家に住んでいた別の女性の恋人の車だったが、親王はこの一件を根に持ってしまう。

つらしともまた恋しともさまざまに思ふことこそひまなかりけれ【敦道親王】
あふことはとまれかうまれ嘆かじをうらみ絶えせぬ仲となりなば【和泉式部】

→浮気を疑われている!? でも別れたくない!
しばらく親王からの連絡が途絶えたのち、届いたのがこの一首。「つらい、恋しいとか、いろいろ考えて心に暇がない」。つまり、あなたのことで頭がいっぱいだということ。それに対して和泉式部は「二人の仲が絶えてしまわないなら、会えるとか会えないとか嘆かない」と返事。何があっても別れたくないという気持ちを伝えている。

日記の結末は…

敦道親王は、乳母に外歩きを叱られ、和泉式部を自邸の女房にするべく呼び寄せる。しかし、同居している正妻は和泉式部が親王の恋人だと知っていたので怒り心頭。実家に帰ってしまうというところで『和泉式部日記』は終わっている。その後、敦道親王も早くに亡くなり、再び独り身になった和泉式部は、“彰子サロン”のメンバーとなる。

木村朗子(さえこ)先生 津田塾大学学芸学部多文化・国際協力学科教授。専門は日本古典文学、女性学。『百首でよむ「源氏物語」』(平凡社新書)、『紫式部と男たち』(文春新書)など和歌や平安文学にまつわる著書多数。

※『anan』2024年2月21日号より。イラスト・カシワイ 取材、文・保手濱奈美

(by anan編集部)

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