セックスで一番大事なこと。もっと知りたい、「性的同意」の話。
――今の日本において、〈性的同意〉という概念はどの程度浸透していると思いますか?
福田和子:概念自体は、以前よりは浸透している気がします。「自分が望まないことをする必要はないよね」とか、「関係性を考えると、これは同意があったとはいえないよね」という認識を持つ人は増えているんじゃないでしょうか。
――重見さんは、産婦人科専門医ですが、今の状況はどんなふうに映りますか?
重見大介:世界の動きと比べると日本の産婦人科医の動きはまだまだ鈍く、性的同意の概念などに関してあまり発信をしていないので、歯がゆさはありますね。ただ、扱うメディアや、自主的に取り組もうとする大学生のサークルなどはたくさん目に入ってくるので、考えている人は増えていると思います。とはいえ、女性側と男性側では状況はかなり違うと思いますが。
福田:確かに。女性向けメディアでこのテーマを取り上げているのはさほど珍しくない印象ですが、男性向けの記事って、あんまり見かけないですね。
重見:そうなんです。僕は、男性誌で取り上げられているのを見たことはないし、ウェブを検索しても男性向けサイトでしっかり語っているのはほぼ皆無。探しに行かないと情報には触れられないのが、男性側の現状だと思います。
福田:男性比率が高い中で性的同意について話をすると、本当に「そんな概念、全く知らなかった」的な反応があります。男女間での温度感、認知度の違いは、まだまだ大きいんだな…と思いますね。
――なぜ、そういった差が生まれてしまうのでしょうか?
重見:理由はいくつかあるとは思うのですが、例えば男性は痴漢に遭うとか、まったく関係のない人から性的な視線で見られるといった経験をあまりしないというのが、理由としてある気がします。もちろん、知識や情報として知ってはいます。でも実際に経験していないから、人から触られる恐怖感や、イヤな気持ちが体から離れないあの衝撃を、味わったことがない。その意識の差は、やはり大きいんですよ。そこが“同意を取る”ことに対しての本気度に関わってくるというか。もちろん想像力を働かせるべきではあるのですが。
福田:イヤな目に遭ったことがある人は、それに対してずっと、“言語化し難いモヤモヤしたなにか”が体の中に残っているんです。でも〈性的なことは、アクションを起こしたい側が、相手に対して同意を求めてから動くもの〉という概念を知ることで、「あ、あれは同意がなかったから、私はイヤだったんだ」という考えにたどり着き、見える世界が変わる。イヤだと思った私がおかしかったわけではなかったと、やっと思えるようになるというか。でも男性側も、例えばセックス中に“したくないこと”があったとして、それに対してNOが言えているかというと、たぶんそうではないですよね。
重見:確かに。男だから○○できなきゃいけない、○○してはいけない、など、ジェンダーの文化的プレッシャーはありますね。
福田:そう。例えば「射精できなかったらどうしよう…」みたいなことって、女性が想像するより大きなプレッシャーとして、男性にのしかかっていませんか?
重見:特に若いときはそうかも。“知識がない”とか、“セックスが下手”と思われることへの恐怖感は、男の子はすごく強い。だからこそ知ったかぶりをして進めようとしますし、“同意を取る”ような丁寧なステップを踏むことを、無意識のうちに避けるところはあるかもしれません。10代の自分が考えていたことを振り返ると、そんな気がします。もちろんなんの言い訳にもならないんですが…。
福田:実は私も元々は、セックスにネガティブなイメージを持っていて。でも留学先のスウェーデンで友達とおしゃべり中に、「お互いがハッピーじゃない状況でするセックスなんて、意味がない」と言っているのを聞いて、「お互いに同意を取り合ってするセックスだったら、幸せになれるのかな」と思ったことが、性的同意に対して考えを深めたり、活動を始めることになった理由の一つなんです。
重見:確かに海外ではセックスに対して、楽しんでいいもので、だからこそ性的同意を取るということ自体がポジティブなことなんだ、という価値観がある。
福田:日本で、セックスが楽しいとかセックスは幸せ、的なことを言うと、何でもかんでも許す、みたいに思われてしまうんだけど、むしろ真逆。幸せを感じるためにはまず安心できる状況であるべきで、安全なセックスって、妊娠や性感染症の不安、イヤなことや痛いことが排除されていることが大前提。お互いを尊重して初めて、いいセックスが成り立つわけで…。
重見:もちろん海外の人がみんな性的同意を取れているかというと、決してそうではないんですけどね。
福田:スウェーデンにも、「NOって言いづらい」という女の子もいました。ただスウェーデンは、“同意のないセックスは暴力”と法律に明記されているので、そういう意味でみんなの意識が高いというのはあるかもしれません。
重見:それでいうと、アメリカのカリフォルニアで昨年成立した、“相手の同意なくコンドームを外すのは違法”という法律は気になる話ですよね。
福田:“ステルシング”ですね。法学を勉強中の女子学生が書いた、同意なくコンドームを外されることの悪質性や、被害者が受ける肉体的リスクと精神的なダメージなどについて論文があって、それを見た議員さんが「これは性暴力だ」と思い、立法化されたんです。
重見:そんな経緯があったんですか。僕ら産婦人科医は、普段から意図しなかった妊娠を数多く見てきているので、少しでもそういう妊娠を減らすために、男性側の意識も変わってほしいです。性や生殖に関する専門家として、もっとできることがあるのでは…と常々思っています。
福田:性的同意の概念を知らないと、例えば相手に「それはイヤ」と言われたとき、自分のすべてを拒否されたと思い込んでしまい、極端に言えば「じゃあ別れる」ってこともありうるじゃないですか。
重見:“その行為”だけがイヤだったということが、伝わってないんですよね。決して人格否定ではないのに。
福田:そう。さらに断った側も、「やっぱり自己主張すると嫌われるんだ」というトラウマが残ってしまい、双方にとってアンハッピーな結果になってしまう…。
重見:めちゃくちゃアンハッピーですね…。今の話を聞くと、両性ともにこの概念を知らなくてはいけないと、改めて思います。
福田:ただ私は、性的同意の話をするとき、常にネガティブなほうにばかり目が行ってしまうのはちょっとイヤだなって思っていて。性的同意って、NOを言うことはもちろんそうなんですが、自分がしたいことに対してYESを言っていい、という側面もある。そこも知ってほしいです。「これがしたいな」って思うことが重なったら、絶対ハッピーじゃないですか。
重見:おっしゃるとおりです。セックスの前に、お互いにちゃんと向かい合って尊重できる関係を築いていれば、したいこともしたくないことも本来は言えるはずなんですよね。そういうことをちゃんとできる男のほうが魅力的である、という概念が、もっと広がるように、頑張ります(笑)。
「性的同意」が成立するために必要なこと
1、セックスすることを他人から強制されていない状況である。
まず第一に、誰からも強制されず、セックスを「する」「しない」の意思を自由に選択できる状況や環境にあることが大前提。誰かから「させろ」と脅されて…なんていうのは論外です。意識がなければ自分の意思を示すことはできません。つまり泥酔状態で行われた性行為は、“同意が取れたセックス”とはいえません。
2、相手と対等な関係である。
どちらかが強いといった力関係や上下関係がなにもないことが大事。例えば会社の上司に迫られた場合、相手はあなたより強い権力を持つ立場。「左遷されたら…」などと思い応じた場合は、同意のないセックスです。それでも関係を持ちたい場合、立場が強い側が「断っても仕事に影響しない」と明言することも大事。
3、セックスをするたび、そして段階ごとに同意を取る。
昨日セックスしたからといって、今日したいかどうかは別。また、キスしたからといって、挿入していいわけでもありません。本来はキスや前戯、挿入そのすべてに対し、“したい”と思った側が一つずつ同意を取る必要が。途中でイヤになった場合は「やっぱりやめる」と言ってもいいし、言われたらやめるべきです。
福田和子さん SRHR(性と生殖に関する健康と権利)の実現に向けて活動する「#なんでないの プロジェクト」代表。スウェーデンの大学院で公衆衛生学修士号を取得。イベント登壇やネットで発信も。
重見大介さん 産婦人科領域のオンライン医療相談サービス「産婦人科オンライン」の代表を務める。書籍『RESPECT 男の子が知っておきたいセックスのすべて』(現代書館)の日本語版医療監修も。
※『anan』2022年8月17‐24日合併号より。写真・小笠原真紀 イラスト・西尾彰典
(by anan編集部)