舞台の魅力を想像以上にふくらませる、敏腕演出家&芸術監督。
蜷川幸雄氏が死去し今年で6年。徐々に新しい風が吹きつつある日本の演劇界の注目すべき動きの一つが、演出だけを手掛ける〈演出家〉の活躍。
「少し前までは〈作・演出家〉が多かったのが、菊池風磨さんの舞台『ハムレット』を手掛けた森新太郎さん、大原櫻子さん主演の『ミネオラ・ツインズ』の藤田俊太郎さんなど、演出のみを担う演出家の抜擢が目立ちます」
と言うのはライターの望月リサさん。そしてもう一つ、芸術監督の動きにより、劇場が面白くなっている、とも。
「芸術監督は、その劇場の方針や上演する演目を決める立場の人なのですが、新国立劇場の小川絵梨子さん、KAAT 神奈川芸術劇場の長塚圭史さん、また、さいたま芸術劇場にはコンドルズの近藤良平さんが就任。建物を面白く活用したり、地域を巻き込むなど、新しい動きが随所に起こりつつあります」
「ニュートロ」の波! レトロなストーリー×新しいディテールが鍵。
現在エンタメ界では、かつてのヒット作の構造やストーリーを、現代のディテールと組み合わせ、新しいものとして見せるスタイル=〈ニュートロ〉が人気。
「最新のドラマでいうと、『未来への10カウント』は『ドラゴン桜』のスポーツ版ですし、『ナンバMG5』は昭和から脈々と続くヤンキーモノの最先端。いずれの作品も、物語の構造は懐かしく王道、でも映像づくりやキャスティングはきちんと新しさを感じさせる。展開が王道だからこそ、ドラマの細部に目が向けられるという長所がありますね」(芸人、映画ドラマ考察YouTuber・大島育宙さん)
映画に目を向けても、大ヒット中の『シン・ウルトラマン』がまさにそれ。
「Z世代は時間を無駄にしたくない意識が強く、見知らぬ作品より、既知の上に“確実に面白い”ものへの欲求が強い。そのベースがあるので、“先が全くわからない”とか“どんでん返し”といった構造の物語より、展開がわかりやすく、面白さの保証がある作品に人気が集まるのは、ごく自然な流れなのかもしれません」(映画執筆家・児玉美月さん)
リアルタイム視聴が再燃した“実況ブーム”。
配信サービスのおかげで、いわゆる“見逃し配信”でエンタメを楽しむのが日常になった昨今。しかしドラマに関しては、少しずつ“リアルタイム視聴したい!”という層が増加中。その理由は、見ながら感想や考察をTwitterでつぶやく“実況”が人気だから。
「2017年の『カルテット』で考察が盛り上がり、’19年『あなたの番です』のような考察ドラマが生まれ、昨年の『最愛』で一つの視聴スタイルになりました」(早稲田大学教授・岡室美奈子さん)
「同じ作品を、1000万人規模で同時に視聴する。テレビの本来の特性ですが、SNSで他の視聴者の連帯感を実感でき、よりのめり込める実況視聴は、ある意味“お茶の間の巨大化”なのではと思います」(大島さん)
俳優×クリエイターのタッグで際立つ、作品の個性。
キャスティングはもちろんのこと、その俳優とどのクリエイターが組んで作り上げられる作品なのか、そこで作品を吟味するエンタメファンが増えている模様。
「例えば、今月始まるドラマ『初恋の悪魔』は、林遣都さんと仲野太賀さんのW主演に加え、坂元裕二さんの書き下ろし脚本。また橋本愛さんの主演ドラマの脚本を『過保護のカホコ』などで知られる遊川和彦さんが手掛けます。“その俳優、キャー!”という反応だけでなく、“この俳優とその制作陣か、うぉ~!”みたいな喜び方も増えています」(大島さん)
俳優のファンだけではなくスタッフのファンも増えているのが嬉しい、と大島さん。望月さんは、同様の動きは舞台でも起こっている、とも。
「昨年11月に、ベテランの劇作家・演出家の岩松了さんが、勝地涼さんと仲野太賀さんの舞台『いのち知らず』を手掛け、“その組み合わせ!?”と話題に。演劇の場合、俳優サイドから“やりたい!”と声を上げ、クリエイターに声をかけるパターンも増えていて、おそらく今後もこの動きは加速するのでは、と思います」
ジェンダー、恋愛の多様性、社会問題。その価値観をアップデートできるか?
価値観が多様化する今、エンタメで描かれる世界も大きく変わりつつある。
「その意味で注目したいのは、NHKのドラマ『恋せぬふたり』。他者に恋愛感情、性的欲求を抱かないアロマンティック・アセクシュアルの二人のつながりを描いた作品で、“他者とのつながりは恋愛や結婚だけではない”という価値観を豊かな表現で提示したドラマでした。当事者による考証を入れ、丁寧に制作したところも現代的。他にも同じNHKの、ルッキズムを正面から描いた『きれいのくに』、閉塞感に包まれた未来の日本で、17歳にAIを駆使し都市の統治をさせる『17才の帝国』など、今の社会の課題を扱うドラマが話題に。制作側の価値観のアップデートが重要になります」(岡室さん)
児玉さんは、いわゆるジェンダーを反転させた作品の増加に注目している。
「Netflixの『ヒヤマケンタロウの妊娠』は、男性が妊娠したら…を描いた作品。このような、性別を逆転することで気づきを与える作品が、これからもっと作られる気がします」
漫画やアニメ原作の舞台化が次々と。「どう具現化するか」に期待。
今年上半期の演劇界の大ニュースといえば、劇団四季の『バケモノの子』と、橋本環奈さんと上白石萌音さんが主演したことでも話題になった舞台『千と千尋の神隠し』。実は今、日本の漫画やアニメが続々と舞台化されている。
「キャラクターの3次元化を主軸に置いた2.5次元舞台の流れとはまた別に、昨年は『北斗の拳』のミュージカルが上演され、今年は他にも『四月は君の嘘』、また今後は現在アニメも放送中の『SPY×FAMILY』、大ヒット漫画の『キングダム』の舞台も控えています。『千と千尋~』はジョン・ケアードさんという『レ・ミゼラブル』の演出もされた演出家が作っているなど、実力派といわれる演出家が参加しており、アニメや漫画では普通に描けることを、演劇という“生のエンタメ”でどう表現するのか、そこへの期待は高まるばかりです。以前、栗山民也さんなど世界的に著名なスタッフを集め製作された、ミュージカル『デスノートTHE MUSICAL』は、韓国プロダクションでも上演されました。この流れは世界からも注目されているようです」(望月さん)
もちづき・りさ ライター。現代演劇、ミュージカル、宝塚、2.5次元作品など、舞台を中心としたエンタメについて、雑誌やパンフレットなどに幅広く執筆。人物インタビューには定評が。
おおしま・やすおき 芸人(お笑いコンビ「XXCLUB」)、映画ドラマ考察YouTuber。ラジオ『西川あやの おいでよ!クリエイティ部』(文化放送)でレギュラーコメンテーターを務める。
こだま・みづき 映画執筆家。『キネマ旬報』や『ELLE』『ユリイカ』などの雑誌やWeb媒体、劇場用パンフレットなどへ執筆。共著に『「百合映画」完全ガイド』(星海社)がある。
おかむろ・みなこ 早稲田大学演劇博物館館長・文化構想学部教授。テレビドラマ論、現代演劇論などが専門。ギャラクシー賞など数々のテレビ賞の審査委員も務める。
※『anan』2022年7月13日号より。イラスト・micca
(by anan編集部)