選ぶのは女形の妻としての道か、一人の女としての道か。迷い、貫く。
「魚之助もそうでしたが、燕弥も舞台を降りた日常の中でもずっと、女性の姿をして女性として生きている役者です。そんな役者の女房になるというのはどういう心情や感覚なのだろうと、興味が湧いたんです」
執筆のもう一つの大きな動機になったのが、歌舞伎役者の女房評判記『女意亭有噺(めいちょうばなし)』の存在だ。
「前作を書くために資料を漁っているときに知った本です。『顔や性根で勝手に位付けしたりしていたのか』と面白かった。当時は女性の地位は低く、ものを言うことすら憚られていました。けれど、それに甘んじている女性ばかりではなかったのではないか、ちゃんと女性としてどう生きるかを考えて貫いた人もいたのではないか。そこを掘り下げて、私の思う“女性についてのいいところも悪いところも”全部入れようと決めて、書き進めました」
志乃、寿太郎の女房・お富、理右衛門の女房・お才。本書で描かれる役者の女房たちのあり方も、性格も、根っこにある悩みも、三者三様だ。一見ウマが合わなそうな3人が、少しずつ連帯し、関係を深めていくのが読みどころ。お富やお才をめぐるいくつかの出来事は、『女意亭有噺』が下敷きになっているらしい。
「全部空想で書いたら、時代小説の意味がないと思うんですね。むしろ嘘をちゃんと形にするために、史実に基づくべきところは調べて沿うようにしたい。もともと、歌舞伎の演目以上に、役者や周囲のエピソードが好きなんです。河原者(かわらもの)と呼ばれて蔑まれていた一方で、憧れの対象でもあった彼らの生き方自体が、芸談にもなっていて興味は尽きません」
何よりもすばらしいのは、志乃の視点を通し、燕弥の変化までを細やかに描写している点だ。この夫婦の愛がどう昇華するのか。それを見届けるのは、読んだ人だけのお楽しみ。
蝉谷めぐ実『おんなの女房』 4つの章それぞれに、燕弥がそのときに挑戦する役として、歌舞伎の有名な演目に登場する姫を据え、物語の展開と重ねていくのも見事。KADOKAWA 1815円
せみたに・めぐみ 1992年、大阪府生まれ。2020年、『化け者心中』で小説野性時代新人賞を受賞し、デビュー。同作で、’21年に日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞も受賞している。撮影:小嶋淑子
※『anan』2022年3月2日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)