31文字が持つ不思議な魅力を感じて。
「短歌を読むと、詠んだ人の心を歌の中に感じることができるだけでなく、自分の心の中に潜む、忘れていた何かが呼び起こされる感覚をおぼえます。また、短歌を詠んだ時は、その瞬間に歌の中に閉じ込めた自分の気持ちを、鮮度を保ったまま、ずっと心に残すことができる。読み手として、そして詠み手として、この31文字という定型が持っている不思議な魅力を感じずにはいられません」
そんな手塚さんがセレクトしたのは、短歌の入り口としてぴったりのものから、最先端の感性を味わえるものまでとさまざま。なかには初めて涙したという作品も。31文字が作り出す世界観を堪能してみて。
『はじめての短歌』穂村 弘/河出書房新社
したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ――岡崎裕美子
新聞などに投稿されたものなど、さまざまな人が詠んだ短歌を、歌人である穂村弘が自身で改悪例を作りながら評する。「短歌の読み方を教えてくれる短歌入門です。決して難しいものではなく、読んでいて“なるほど”と空を見つめることがしばしば。ビジネス的な言葉の表現との違いに触れることができ、短歌の世界の入り口に立てるので、これから始める人にも。それにしても、選出した歌の“したあと”って何ですかね(笑)」
『あなたと読む恋の歌百首』俵 万智/文藝春秋
私をジャムにしたならどのような香りが立つかブラウスを脱ぐ――河野小百合
歌人の俵万智さんが選んだ恋の歌100首。幸せに満ち溢れていたり、許されない恋に悩んでいたりと、さまざまな恋模様が詠まれている。「それぞれの歌に俵さんの解説と感想が付き、短歌の自由な鑑賞の楽しみ方を教えてくれます。選出した歌を、どの立場でどう読むかは人それぞれに違うでしょうが、私はこんなにエロティックな女性を知らない。想像するだけでエロいです。100首もの作品が読めるので、短歌を学びたい人にも」
『歌に私は泣くだらう 妻・河野裕子 闘病の十年』永田和宏/新潮社
何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない――河野裕子
乳がんの宣告を受けた女流歌人・河野裕子。闘病生活の中で歌を詠み続けた夫婦の物語。「病気の告知から亡くなるまでの闘病記とともに、互いの気持ちを込めた歌が連なります。死に向かう物語を背景にした短歌に触れることで、言葉の強さをあらためて知ることができる。短歌は、その瞬間を、鮮度をそのままに31文字に閉じ込めることができるものだと思いますが、この絶望する夫に向けた歌を読み、私は初めて短歌で泣きました」
『メタリック』小佐野 彈/短歌研究社
セックスに似てゐるけれどセックスぢやないさ僕らのこんな行為は
ゲイであることを公表している台湾在住の歌人であり作家が、30歳からの4年間で詠んだ短歌より、370首を選んだ第一歌集。「生々しくて強い、そして儚い思いに正面から向き合って言葉にする彼の姿勢には、憧れを感じると同時に、“もし、自分であったら壊れてしまうだろうな”とも思う。選んだ歌もですが、性的マイノリティと呼ばれる方々の葛藤に触れるとともに、“一体、何がマイノリティなのだろうか?”と考えさせられます」
『眠れる海』野口あや子/書肆侃侃房
わたしが持てばどんなあなたも銃身であるから脚をからませて抱く
現代を代表する歌人の2012~2017年までの作品を収録。「彼女の選ぶ言葉の世界観に浸ると、まさに、この歌集のタイトルのように、自分の心の奥底にある暗い深海を漂っているような心地になる。自分の記憶を自分が貪るように促す感覚をおぼえます。選出した歌を読み、あなたはどんな“わたし”を呼び覚ますでしょうか? 観念的な歌が多く、少し難しいところもあるのですが、現代の最先端の短歌に触れることができます」
てづか・まき 「Smappa! Group」会長。歌舞伎町でホストクラブやバー、飲食店などを構える。LOVEをテーマにした書店「歌舞伎町ブックセンター」のオーナー。著書に『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。
※『anan』2020年9月23日号より。取材、文・重信 綾
(by anan編集部)